「とうさん、お出かけするの?」

 旅支度を整えていると、9歳になるエリーナが声をかけてきた。

「ああ、古い知り合いに頼まれてな。ひと月ほど留守にするよ」
「おみやげ、おねがいしてもいい?」
「もちろんさ。そのかわり、母さんのことよろしく頼むよ」

 かがみ込んで、娘の額にそっと口付けをする。エリーナは少しくすぐったそうに笑ったあと、言った。

「うん! かあさんはわたしがしっかりみるね!」

 妻はここのところ、熱を出しやすく寝込む日が増えていた。医者の見立てでは、すぐにどうにかなるような病気ではないと言ってくれたが、心配ではある。

「こんな時に家を空けてすまないな。言ってくるよ」
「いってらっしゃい!」

 娘の元気な言葉を背中に受けながら、タフトは家を出た。
 職人街の入り口には、大きな馬車が停まっている。ウィダス子爵家のものだろう。すでに、あの少年も乗っている。その他には、今は錬金工房に入っているタフトの曽孫弟子も2人乗り込んでいた。

「お前たちは……」
「先生は工房を空けることができないため、私たちが大先生の補佐をするよう仰せつかりました」
「そうか……」

 タフトは少年を見た。彼らがいるということは、孫弟子もこの少年のことを信頼しているのだろう。

「こちらが妹君ですかな?」
「……そうだ」

 馬車にはもう1人、乗客がいた。横に細長い大きな箱だ。ちょうど子供用の棺くらいのサイズ、というよりも棺そのものだろう。病に倒れ、仮死状態だという。

「最初に申し上げておきます。我々はこれまで一度もホムンクルスへの魂の移し替えに成功しておりません」
「それはすでにこの者たちからも聞いている」
「ですから処置に失敗し、妹君が天に召されたとしても決してお恨みくださいますな」
「わかった。だが、私は大丈夫だと確信している。妹が持つ魔法を思えばな」
「……ご説明いただけますか。妹君のことだけではありません。あなた様のご一族のことを」
「わかった。だがあなたも話してほしい。この100年、あなたが何をしてきたかを」

 * * *