「大公殿下! このようなむさ苦しい屋敷にお越しいただき、誠に光栄にございます」
2台の馬車が屋敷の前に着くと、すでにグレアン伯爵が待ち構えていた。
王弟への最大の敬意の証として、家人共々その場に跪いて、この国で2番目に高い権威を持つ青年を迎える。
「楽にしたまえ、伯爵。そなたの娘となるものを連れてきた」
「ははっ! ではこちらのご令嬢が?」
グレアン伯が養女と顔を合わせるのはこれが初めてだ。
……もっともアンナの方は新たな養父の顔をよく知っているのだが。
「お初にお目にかかります。グレアン伯爵閣下……いえ、お父様とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「おお、なんと美しい。もちろん、もちろんだ! 今日から私が君の扶養者となるのだから」
グレアン伯の装いは、あの頃から比べ物にならないくらい豪華になっている。
かつてエリーナのサロンに出入りしていた頃は裾のフリルが擦り切れ、生地も毛羽立っている、そんな貴族にしては見すぼらしい姿だった。
それが光沢の美しい絹の上着を身につけ、純白の襟飾りや、大粒の宝石の指輪などを惜しげもなく身につけている。
けど、老け込んだ。白髪とシワが増え、10歳以上老いたように見える。
クロイス公を中心とした派閥の中で冷遇され、消耗している。それが一目瞭然だった。
「では、俺はこのあたりで失礼しよう」
「殿下! もうお帰りになられるのですか? ささやかながら宴席を用意しておりますぞ」
「フッ、俺なんかより新しい娘御との絆を深めたまえ」
リアンはグレアン伯に近づき、話しかける。
「わかってると思うが、この娘の過去については詮索無用だ」
「は、はい。それはもう! どのような生まれの子でも、我が娘として大切に育てることをお約束しましょう!」
リアン大公は、アンナの出自について伯爵にどう説明しているか。聞かされてはいないが、予想はつく。
かつて放蕩王子と揶揄されていた彼には、不良貴族の友人が大勢いる。そんな男たちのひとり父親に持つ、公にできない私生児。そんな哀れな少女を、人情にあつい皇弟殿下が預かり、養女として紹介した……。
大体そんなところだろう。いささか不愉快な筋書きだが、アンナもそんな所にこだわるつもりはない。
そもそもエリーナだって皇帝の愛人という、潔白とは言い切れない立場で国を動かしてきたのだ。今更気にしても仕方ない。
一筋縄ではいかない愛憎と欲望、そして秘密のるつぼ。それが宮廷の本質なのだ。そして、そんな場所だからこそアンナの復讐も可能となる。
「ともかく、聡明そうな少女です。外見も大変美しい。過去はどうあれ、グレアン家の者として教育しますよ」
「いずれクロイスに嫁がせるために、か?」
「はて、何のことでしょう?」
「ハッ、まあよい」
白々しい会話を切り上げたリアンは、今度はアンナに歩み寄る。顔を近づけ、グレアン伯には聞こえないようにささやいた。
「お膳立てはしてやった。この家をどうしようが、あとはお前の勝手だ」
「ありがとうございます殿下」
「正直なところ、もはや短剣の取引などどうでもいい。お前を見ていればしばらく退屈はしなそうだ」
アンナはすぐ横にあるリアンの顔を見た。その口元に不敵な笑みが浮かび上がる。
「せいぜい貴族社会を引っ掻き回し、俺を楽しませてくれ。アンナ・ディ・グレアンよ」
リアン大公はアンナの新しい名を呼ぶと、自身の馬車へと戻っていった。
* * *
2台の馬車が屋敷の前に着くと、すでにグレアン伯爵が待ち構えていた。
王弟への最大の敬意の証として、家人共々その場に跪いて、この国で2番目に高い権威を持つ青年を迎える。
「楽にしたまえ、伯爵。そなたの娘となるものを連れてきた」
「ははっ! ではこちらのご令嬢が?」
グレアン伯が養女と顔を合わせるのはこれが初めてだ。
……もっともアンナの方は新たな養父の顔をよく知っているのだが。
「お初にお目にかかります。グレアン伯爵閣下……いえ、お父様とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「おお、なんと美しい。もちろん、もちろんだ! 今日から私が君の扶養者となるのだから」
グレアン伯の装いは、あの頃から比べ物にならないくらい豪華になっている。
かつてエリーナのサロンに出入りしていた頃は裾のフリルが擦り切れ、生地も毛羽立っている、そんな貴族にしては見すぼらしい姿だった。
それが光沢の美しい絹の上着を身につけ、純白の襟飾りや、大粒の宝石の指輪などを惜しげもなく身につけている。
けど、老け込んだ。白髪とシワが増え、10歳以上老いたように見える。
クロイス公を中心とした派閥の中で冷遇され、消耗している。それが一目瞭然だった。
「では、俺はこのあたりで失礼しよう」
「殿下! もうお帰りになられるのですか? ささやかながら宴席を用意しておりますぞ」
「フッ、俺なんかより新しい娘御との絆を深めたまえ」
リアンはグレアン伯に近づき、話しかける。
「わかってると思うが、この娘の過去については詮索無用だ」
「は、はい。それはもう! どのような生まれの子でも、我が娘として大切に育てることをお約束しましょう!」
リアン大公は、アンナの出自について伯爵にどう説明しているか。聞かされてはいないが、予想はつく。
かつて放蕩王子と揶揄されていた彼には、不良貴族の友人が大勢いる。そんな男たちのひとり父親に持つ、公にできない私生児。そんな哀れな少女を、人情にあつい皇弟殿下が預かり、養女として紹介した……。
大体そんなところだろう。いささか不愉快な筋書きだが、アンナもそんな所にこだわるつもりはない。
そもそもエリーナだって皇帝の愛人という、潔白とは言い切れない立場で国を動かしてきたのだ。今更気にしても仕方ない。
一筋縄ではいかない愛憎と欲望、そして秘密のるつぼ。それが宮廷の本質なのだ。そして、そんな場所だからこそアンナの復讐も可能となる。
「ともかく、聡明そうな少女です。外見も大変美しい。過去はどうあれ、グレアン家の者として教育しますよ」
「いずれクロイスに嫁がせるために、か?」
「はて、何のことでしょう?」
「ハッ、まあよい」
白々しい会話を切り上げたリアンは、今度はアンナに歩み寄る。顔を近づけ、グレアン伯には聞こえないようにささやいた。
「お膳立てはしてやった。この家をどうしようが、あとはお前の勝手だ」
「ありがとうございます殿下」
「正直なところ、もはや短剣の取引などどうでもいい。お前を見ていればしばらく退屈はしなそうだ」
アンナはすぐ横にあるリアンの顔を見た。その口元に不敵な笑みが浮かび上がる。
「せいぜい貴族社会を引っ掻き回し、俺を楽しませてくれ。アンナ・ディ・グレアンよ」
リアン大公はアンナの新しい名を呼ぶと、自身の馬車へと戻っていった。
* * *