「ほう、それではご息女はペティア家へ?」

 さらに20年の月日が経った。ノユール家の現当主は、エウランのひ孫に当たる。彼から数えて4代後のこの壮年の男は、サン・ジェルマン伯爵の素性を知る数少ない人物だ。

「はい。ペティア家はこれまでに3度、宮廷女官長を輩出した名家です。娘はその栄達を目指したいと」
「ですが、ご息女は……確か交際していた青年がいたのでは?」

 タフトは、記憶を手繰り寄せる。たしかベレスという官僚の青年だったはずだ。

「あれも、それなりに葛藤をしていたようです。が、自らの道を思い定めたのでしょう。語り部としての、ね」
「語り部、ですか」

 今のノユール子爵家には、国家転覆を主導できるほどの力はすでに無い。が、それでも中興の祖たるエウランの意志を継ぎ、この国が抹消しようとした真の歴史の保存に務めていた。
 この屋敷の地下には秘密の書庫があり、真の帝室と魔法に関連する書物が多数保存されている。タフトも、国内外で古い文献を探し回っているが、その中で自身の研究に関係ないものは、ノユール家に寄贈していた。

「もし女官長になり、宮廷に深く入り込むことができれば我が家の使命を果たしやすくなります。それに、いつか"その日"が訪れるとき、あなた様のお力にもなれるでしょう」
「そう、ですか……」

 若者に、自分の復讐の片棒を担がせることに、タフトは後ろめたさを覚えた。
 なんだかんだで偽りの帝国は問題なく機能している。彼らの悪行を白日のもとに晒し、この国を破滅させようというのは、当時を知る唯一の人間となってしまったタフトのエゴに過ぎないのだ。けどノユール子爵も、彼の娘も、このエゴに付き合うことこそが、自分たちの使命だと思ってしまっている。
 
 タフトは自分の恩師のことを思い出す。かつて"伯爵"は、自分たちの復讐にヴェルたちを巻き込むことに抵抗していた。汚れ仕事は大人たちだけで行うべきだと考え、彼女たちには政争とは無縁なサン・ジェルマン村にで平和に暮らすことを望んでいた。
 一方で彼は、ヴェルに度重なる血液の提供を求め、魔法の研究に関与させてもいた。そこにどんな葛藤を抱いていたか、当時子供だったタフトにはわからない。けど、もしかしたら今の自分と同じ心持ちだったのかもしれない。

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