「伯爵! いかがでしたか」
 
 アジトに戻ると、2人の男が出迎えた。タフトを小瓶を彼らに見せながら言った。

「うむ、簒奪者はこの瓶の中にいる」
「おおっ!」

 2人の顔が気色に染まる。彼らはタフトの弟子であり同志だ。
 15年前、リュディス5世とルディの死を知った後、エウランはひどく気落ちし、そのまま病に伏せってしまった。彼の後任は組織をまとめることができず、1人また1人とメンバーは減っていった。その中で残り続けていた2人を、タフトは自らの研究の助手として迎え入れたのだ。

「もっとも、本当にこの液体の中に奴の魂が溶け込んでいるかは確かめようがないがな」

 タフトはそう言って、液体の入った小瓶をランプの灯りにかざす。これは自分の血液を生成した物質で、伝承に登場する万能の霊薬の名を取ってエリクサーと名付けた。体内に入ると、その者の肉体から魂を引き剥がし溶かし込んでしまう。その後液体は体外へ排出されるが、別の死体の体内に注ぎ入れれば、その肉体を新たな宿主として魂が目覚めるはずだった。

「動物実験では成功していたし、おそらく大丈夫かと思いますよ!」
「なんなら、適当な死体を用意してそれに飲ませてみますか?」
「いや、良い。こんな汚れた魂の器にするなど、死者への冒涜だ。計画通り、我々は無垢の器の錬成に取り掛かる」

 無垢の器とは、エリクサーで巻き取った魂の入れるための、死体ではない肉体。ホムンクルスのことだ。

「仮に失敗していたとしても問題ない。これはただの座興。こいつに帝国の終焉を見せてやりたいとは思うが、その終焉こそが我らの真の目標だ!」
「はい!」

 2人の弟子は熱っぽい声音で返事をした。
 
 政変からすでに45年。た。クロイスとグリージュスは18年前につまらん権力争いで共倒れとなった。が、彼らの子供たちは今やクロイス公爵、グリージュス公爵として帝国の中枢に居座っている。奴らが作り上げた国家システムは盤石だった。もはや老いた偽帝をどうにかしたところで、何も変わらない。
 
 一方で、簒奪者に抵抗する者はほとんど残っていない。皇帝親子の死と、エウランの離脱で下火となった運動は、度重なる弾圧でほぼ壊滅した。
 クロイスたちが広めた偽りの歴史は全てを塗りつぶし、今では50年前の政変など誰も覚えていない。

 リュディス5世が、竜退治の始祖リュディス1世の血を引く正当な君主であることに疑問を抱く者などいない。バティス・スコターディに15年前まで真の皇帝が幽閉されていたなどと主張しても、狂人の戯言と思われるであろう。
 まして宮廷を追われ、辺境の村で明るく真っ直ぐ生きようとしていた3人の兄妹がいたことなど、タフト以外に知る者は誰一人いない。

 しかし、それでもタフトは復讐を辞めるつもりはなかった。奴らが築き上げてきたもの全てを否定することが、彼の全てとなっていた。
 幸い自分は死ねない体になってしまった。異常な長寿と治癒能力。それを最大限に活かし、どれだけ時間をかけてもこの国を破滅させようと目論んでいた。
 
 そして国が死ぬ瞬間に、この小瓶に収められた簒奪者の魂を復活させる。自分が生み出したもの死を見せつけて嘲笑ってやるのだ……!