「サン・ジェルマン伯爵、お待ちしておりました」

 会合場所に指定された屋敷に向かうと、同志の一人がタフトをそう呼んで出迎えた。
 サン・ジェルマン村はどの貴族の支配地でもなく、帝国の直轄領であった。したがって、ここをあの村を支配していた伯爵などいない。
 
 その呼び名はもちろん、"伯爵"にちなむ。かの錬金術師はメッセル伯というれっきとした貴族だったが、タフトのその称号は、"伯爵"の後継者という意味だ。

「他の者達は」
「みな揃っております。こちらへ」

 同志は、屋敷の地下室にタフトを案内した。十数名の男たちがその部屋に集まっており、中央にはエウランがいた。

「ご無沙汰しております、ノユール卿」
「ああ……」

 数年ぶりに会うエウランは、どこか憔悴している様子だった。
 精力的に活動し続け、国内外の反簒奪者勢力をまとめ上げた男としては、やや覇気にかけるように思う。

 あのときのようだ、とタフトは思った。ヴェルたちの家の焼け跡に、死ぬために戻って来たエウランの表情が、今の彼に重なる。
 それを見て、タフトはなにか嫌な予感を覚えた。

「では始めましょう」

 議事進行役の男が、会合の開始を宣言する。

「本日は、我々の目標である、リュディス皇太子救出計画の進捗状況の確認でしたが……その前にノユール卿から話があるとのことです」

 場がざわつく。みんなエウランの様子がおかしいことに、なんとなく気づいていたようだ。

「この報告を諸君にせねばならぬことを、大変残念に思う」

 エウランは言う。それを聞いてタフトはハッとした。
 長い付き合いだ。その声音から、エウランが何を言おうとしているのか、なんとなく想像がついてしまったのだ。

「3週間前、リュディス5世陛下、ならびにリュディス皇太子のお二人が、バティス・スコターディ城で……亡くなられた」

 やはりそうか……。タフトは目をつぶる。瞼の裏に、あの穏やかで優しく、妹思いの青年の顔がよみがえった。

 室内に重苦しい空気が立ちめ、しばらく誰も言葉を発することができなくなった。
 が、静寂に耐えきれなくなった一人が、思い切って口を開く。

「亡くなられた、とはどういうことだ?」

 それにつられて別の男も。

「そうだ。陛下はもとより、皇太子殿下も、すでに魔法の継承を済まされている。非死ではないのか!?」
「……」

 エウランは何も言わない。その疑問に対しては、タフトが答えることにした。

「非死ではあるが、不死ではない」

 その場の全員の視線がタフトに注がれる。

「始祖リュディスが持つ魔力の血は、人の老化を抑え、治癒能力を高める。そしてその力が最も強い皇位継承者は、死ぬことはないとされている」

 歴代の皇族、そしてその血を受けた寵臣たちは皆一様に寿命が長い。それは今タフトが説明した通り、血がもたらす恩恵によるものだ。
 中でも、皇位を継ぐ者は血の力が極めて強い。故に、簒奪者たちもリュディス5世や皇太子ルディを殺すことができず、あの帝都の不気味な城に幽閉するしかなかったのだ。

「一方で、魔法はその者の心に大きく作用される。同じ魔法でも、強靭な心を持つ者と、精神が弱った者では、もたらされる結果に大きな違いが現れるのだ」

 これは、タフトが古城の文献を読み漁って得た知識だ。

「そして、皇族後がもたらす長寿化や非死化も、魔法の一種と言える。つまり……」
「殿下のお心が弱くなったときならば、簒奪者どももお命を狙うことが出来たと?」

 タフトは首を横に振る。

「確かにそれもあるが、そんな事は連中には知る由もないだろう。もっと高い可能性がある」
「なんですかそれは?」

 同志の一人が、尋ねてくる。
 答える前に、タフトはエウランを見た。これを話しても良いのか? と無言で彼に伺う。顔に悔しさをにじませながら、エウランは黙ってうなずいた。

「陛下や殿下が、ご自身のお命を諦めた場合だ」

 長い幽閉生活が、彼らの心身に過大な負担をかけていたことは想像に難くない。そんな中で、彼らの生きる意志をぷっつりと断ってしまうような何かが起きれば、魔力が弱まり非死の力が失われる。
 推論でしか無いが、彼ら2人が同時に死を迎える状況を考えれば、それが最も説明がつく。そもそも歴代の皇帝だっていつか必ず死を迎えていたのだ。そういう終焉の時がかならず訪れるさだめだったのだろう。

 彼らの意志をくじいたものが何かはわからない。が、タフトの頭の中には、あの日ルディに付き従った村の未亡人の姿が浮かび上がった。

「我々のせいだ……」

 同志の一人がつぶやく。

「我々が15年も手をこまねいてなければこんなことに……!」

 彼はそう叫ぶと、嗚咽し始めた。その感情はすぐに周りに伝播し、次々と泣き出すものが現れ始めた。
 見ると、エウランも静かに涙を流していた。が、タフトの目からは何も溢れ出すことはなかった。

 いずれそうなる。
 なんとなくだが、そう思っていたのかもしれない。

 ルディを救いたかった。その思いに偽りはない。けど、タフトが本当に救いたかった人は別にいたのだ。
 そして、己の身に流れているその人の血は、今タフトにこう告げていた。

 復讐せよ。

 クロイスとグリージュス、そして醜悪な簒奪者を地獄に落とし、彼らがこれから築こうとしている全てを否定する。

 ルディ救出という目的が失われたタフト思考は、すでにその方向に向かって全力で動き出していた。