"百合の帝国"南部の主要都市ビューゲル。
 
 タフトは黒いマントを被り、顔を隠してから宿を出た。
 大丈夫、後をつけているものはいない。だが万が一にでも、当局に怪しまれる行動をとって、同志に迷惑をかける訳にはいかない。念のため会合の場所には直接向かわず、市場で人混みに紛れてから行くことにしよう。
 
 会合の主催はエウランだ。
 今や彼は、我々の同志たちの中心人物として、精力的に動いている。帝都のバティス・スコターディ城に幽閉されているルディを救うために、簒奪者に反感を持つ元貴族や軍人をまとめ、国内外に一大ネットワークを築きあげたのだ。
 さらには数年前には、宮廷の重鎮ノユール家に婿養子として入り込むことにも成功していた。この家は代々、皇帝の侍従を務めていたこともあって、現在リュディス5世を名乗る偽物の皇帝から距離をおいていた。エウランは、そんなノユール家を味方にし、宮廷内にも味方を増やそうとしていた。
 同時に彼は、ノユール家の息がかかった人間をサン・ジェルマン村に送り込み、村の再建にも努めていた。今では、数世帯の家族が入植し、崖の上には、ヴェルたちのために建てたささやかな墓もあるという。
 村を立て直し、墓を守るための資金は、宮廷から着服しているそうだ。ささやかだが、胸のすくような抵抗である。

「あれから15年か……」

 西日が石畳を茜色に染めあげる。その光景には、人を感傷的にさせる作用があるらしく、ふとタフトはこれまで自分が歩んできた道のりを思い返していた。

 * * *