冷たい雨が顔を濡らす。それで目が覚めた。

 ゆっくりと起き上がる。何があった? 記憶が混濁している。
 確かあの後……兵士たちが動いて……俺はどうなったんだっけ……。

 タフトはあたりを見回す。そして現実を思い出した。

「うわあああああ!!」

 すぐ横にヴェルの骸があった。クロイスに首元を切り裂かれ、タフトの上でみるみるうちに体温を失っていった、憧れの女性。
 亡骸となった彼女の身体ごしにタフトは長い槍で貫かれたはずだ。

「え、なんで、俺……生きて……?」

 貫かれたのは胸と腹だったはず。何度か激痛が走ったのを覚えている。が……。

「傷が……ない?」

 服は赤黒く染まり、ところどころ穂先によって切り裂かれている。間違いなくタフトは刺し殺されたはずだった。なのに、彼の素肌には傷ひとつ残っていない。
 タフトはゆっくりと立ち上がる。雨は彼の全身を濡らしている。身体を動かすと、血と泥が混ざったものが流れ落ちる不快な感覚があった。

「俺だけが生き残ったのか……」

 広場には無数の死体が転がっていた。村人たちは皆、タフトと同じく槍で刺されたようだ。タフトと違うのは、皆は無残な骸と化していること。広場は赤黒い沼地とかしていた。
 その周囲の建物はすべて焼け落ち、焼け焦げた柱が墓標のように所々に立っている。

「うっ……」

 頭がきしむように痛んだ。思わず目をつぶると、その瞬間耳の奥で声がした。

『これは、私と"伯爵"がたどり着いた秘密……せめてあなただけでも生き残って……』

 ヴェルの声。そうだ、確かあのとき。彼女はそんな事を言っていた。そうしてこうも……。

『継承権のない私に、非死の魔法を使うことは許されない』
『けど与えることはできる』
『だからあなたは生きて、私たちの分まで……』

 息も絶え絶えに、今にも消えようとしている命を使って、タフトにだけ聞こえる声の大きさで……。彼女はそんなことを言っていた。
 タフトはその間、動くことができなかった。恐怖か、または状況についていけない混乱からか。あの軍人どもが非道を働く中、何もできず……。
 そして、ひとり生き残ってしまった。

「なんだよ、一体何なんだよ……!」

 継承権? 魔法? わけがわからない。ただ、ひとつだけ確信があった。
 俺が今、こうして生き残っているのはヴェルの血を飲み込んだからだ。そしてきっと、あの男たちがルディを連れ去り、村人たちを皆殺しにした理由も、そこにある。

「くそっ! 畜生!!」

 皇族? 魔力? そんなものが俺たちの村を焼き、ヴェルたちを殺した理由になるのか…!?
 一体なんなんだ。なんでこんな事に……?

 一体なぜ……?

 なぜ?

 なぜ!? なぜ!? なぜ!? なぜ!!

「そうだ……"伯爵"!」

 ふと、あの兵士たちによって真っ先に殺されたという恩師の顔が浮かび上がった。

 そうだった!ヴェルは確かに言った。『私と"伯爵"がたどり着いた秘密』と。
 何の事かはわからないが、今タフトが知りたがっている答えの一端が、"伯爵"の家に残されている気がした。

 * * *