「タフト、方輝石のサンプルを持ってきてくれ。それからこっちの器具の掃除をしてほしい」
「わかった」
「それと……また血を頼む」
「またかよ!?」

 3年後。タフトは15歳になっていた。村の慣習では、年が明ければ成人とみなされる年齢である。他の子供たちは大人たちに混じって畑で力仕事をやるようになっていたが、タフトだけは相変わらず"伯爵"の手伝いをしていた。
 昔から暇さえあれば"伯爵"の小屋に出入りしていた事もあって、基礎的な錬金術の知識はひと通り身についた。
 "伯爵"も最近は、ただのお手伝いではなく、助手と見なしてくれているようだ。実験の際には器具のメンテナンスや記録を任せてくれる。
 そしてもうひとつ、"伯爵"がタフトに求めるようになった事がある。
 生き血の提供だ。
 
「今週これで3回目だぞ?」
「すまないと思ってる。だが比較検証のために新鮮な血液が必要なんだ」
「……まあ、いいけどさ。最近は捕まえた獲物の肝や心臓を焼いて食べてる。他の連中より血の気は多いさ」

 タフトは最近、森に入って猟師の真似事もしている。
 いくら村人たちが病気や災害の際、錬金術に助けられているとはいえ、"伯爵"はよそ者だ。畑仕事もせず、毎日彼の元へ通うタフトに眉をひそめる大人も多い。
 そこでタフトは猟師の仕事に目をつけた。"伯爵"と一緒に考えた罠を配置し、野うさぎや鹿を捕まえるのだ。手先を使う細かい作業が多い狩りはタフトの性に合っていた。大物を捕まえて戻れば英雄扱いされたし、畑のサボりも大目に見てもらえる。
 それに、森の中で、珍しい草木や石を探すのも楽しかった。それらを持ち帰り、"伯爵"に鑑定してもらうのだ。中には薬になるものもあったりして、これもまた村の大人たちからは喜ばれた。

「それにしても、何だってこんなに血が必要なんだ?」

 二の腕を革紐できつく縛りながら、タフトは尋ねる。

「多くは言えん。だが、この国のためだ」
「よくわかんねえが……俺なんかの血で国が守れるなら安いもんだな」

 タフトは笑いながら、よく煮たナイフを鍋から取り出す。持ち手が熱くなって、タフトは嫌なのだが、血を採るときは必ず煮込んだナイフを使う決まりとなっていた。火にかけない刃で腕を切ろうものなら、"伯爵"は激怒するのだ。

「それにしても。国、ねえ」

 腕にナイフをあてながら、タフトはつぶやいた。
 国と言われても、村から出たことがないタフトにはピンとこない。だから聞き返す。

「"伯爵"、いつも言ってるじゃん。都なんてろくなもんじゃないって。それなのに国は大事なのかい?」

 外の世界を知らない少年にとっては、国も都も似たようなものだ。たくさん人がいるらしい場所、年貢の麦を納める相手、そのくらいのイメージしかない。

「全く別物だ。むしろ、都がろくでもない場所になったからこそ、国の有り様が問われているのさ」

 タフトは尋ね返したことを後悔した。ますます意味がわからない。
 それにしても、だ。
 不意に都の話になった。今こそ、自然にあの話に流れを持っていくチャンスかもしれない。ずっと心に秘めながらも、"伯爵"に話せずにいた事だ。

「でもさ、国のアリヨー? ってやつを知るならこの村はちょっと不便じゃないか?」
「何だって?」
「あのさ"伯爵"。前々から考えていたんだけど……」

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