サン・オージュまでは、追っ手や妨害もなく辿り着くことができた。
 突如見知らぬ気球で現れた顧問一行を出迎えたのは、兵士たちの歓声だ。

「先ほど、反乱軍撃破の報が本隊より入ってきました!」
「将軍は、明日にはルアベーズ城を包囲。一挙に陥落させるつもりとのことです」

 そう報告する将校たちの声も明るい。自国民への攻撃、加えて未知の兵器の存在は、どうやら百戦錬磨の彼らにも過大な緊張を強いていたようだ。

「わかりました。ただし、油断は禁物と将軍にお伝えください。それと、もしまた超遠方からの砲撃があった場合は、地上よりも空に注意するようにと。どこかに特殊な迷彩で偽装した観測気球があるはずです」
「こちらの機材をお使いください。常人の目には見づらい偽装ですが、魔力の流れから判別できるはずです」

 シュルイーズは将校に木箱を手渡した。以前、帝都の地下で使った例の風見鶏だ。

「かしこまりました。早馬にて届けます」

 将校は一例し、宿舎を後にした。

「なるほど、魔力の流れを計測する機械ですか」

 サン・ジェルマンは興味深そうに、シュルイーズと将校のやり取りを見ていた。

「同じものはありますか?」
「はっ! はい、ここに!」

 シュルイーズは弾かれたように、部屋の隅に積まれた荷物のところへ駆け出し、もうひとつの風見鶏を持ってきた。

「……なるほど、よく考えられている。あそこには他の錬金術の機材も?」
「はい!必要そうなものは一通り」
「そして、あの棺が……?」
「はい、マルムゼ殿の生命を維持するために作成した装置です」

 サン・ジェルマンは棺に歩み寄った。そして覗き窓から、眠るマルムゼの顔を見る。一言二言、彼に向かって何かを語りかけていたようだ。

「棺内に魔力のプールを作り、そこにマルムゼ殿のお身体を安置しております。もっとも、マルムゼ殿の肉体は自ら冬眠状態に入っているようで、あまり意味をなしていないようですが……」
「いや、一定の魔力を供給するこの構造。これがあったからこそ、外傷の自己修復も早かったのでしょう。素晴らしい発明だ。意味がないなんて事はありませんよ」
「こっ……こここ……」

 サン・ジェルマンに褒められたシュルイーズは、鶏のような奇声を出す。

「光栄です!!」

 普段から子供じみた言動の多いシュルイーズ博士だが、この時の顔は完全に父親に褒められた少年のそれだった。その顔を見て、思わずアンナやゼーゲンまでもが頬をゆるませる。

「うん……これだけ魔力や錬金術の心得を持つ方ならば、全てを託して良いかもしれない」

 そう言うと、サン・ジェルマンは室内にいる3人の顔を見た。

「全て、お話ししましょう。先ほども申し上げた通り長くなります。何しろ、100年以上の長きにわたる物語ですから」

 アンナはごくりと唾を飲み込んだ。

「全ての始まりは……そう、リュディス5世陛下のご即位20年目の年でした」