「まったく、無茶をなさる……」
気球の脚部につかまるゼーゲンへ、シュルイーズは呆れながら言った。
「だが、これですぐに撃ち落とされることもなくなっただろう?」
「それはそうですが……」
ゼーゲンは反動をつけて、気球の荷台部に飛び乗る。
「さて……。お二人には聞きたいことが色々ございます」
そして、アンナとサン・ジェルマン、二人の顔を交互に見比べた。
アンナは自分の正体を”鷲の帝国”の盟友二人には話していない。自分が推測していた(そして的中もしていた)サン・ジェルマンの正体についてもだ。
「サン・ジェルマン伯爵。私は、あなたのことを知っているはずでした。当然です。あなたは我々ホムンクルスの造物主ですから。……ですが、私の知る伯爵の顔はあなたではない」
「その通りです、ゼーゲン殿。あなたを創り、ゼフィリアス陛下のもとに送り届けたのは私の影武者でした」
ゼーゲンの疑問に答えると、続いて彼はアンナの顔を見た。
「そして"百合の帝国"の旧錬金工房に出入りしていたのも、その影武者。私は別の場所から錬金術研究を支えておりました」
「別の場所から?」
「それについては私がお答えします」
アンナは言った。
「この人がいたのは、帝都職人街。工房に実験機材を納入する職人の一人でした。名はタフト。私、エリーナ・ディ・フィルヴィーユの父です」
「ちょちょちょ! ちょっと待ってください!」
たまらず大声を上げたのはシュルイーズだ。
「顧問閣下、あなたがホムンクルスだということは聞いてましたが……その正体が、かのフィルヴィーユ公爵夫人である、と?」
「黙っていてごめんなさい。いかにも、かつて皇帝アルディス3世の寵姫として、その名で呼ばれていたのは私です」
「……」
シュルイーズは、口と目を大きく開いたまま何も言えずにいた。
「なんだ、気づいていなかったのか博士は?」
「えっ!?」
アンナは慌ててゼーゲンの顔を見る。
「ご存じ……だったのですか?」
「錬金術に対する知見、類稀なる政治センス、それにクロイス派や貴族社会に対する敵対意識。恐らくそうではないかと、私と我が君ゼフィリアスの間では話しておりました」
「そう、でしたのね……」
ホムンクルスは死者の魂を移し替えることで命が吹き込まれる。したがって全てのホムンクルスには「前世」が存在することになる。
アンナがホムンクルスであることを知っている2人ならば、その正体を考察するのはそれほど難しいことではなかったのかもしれない。
「いやはや、私は全く気づきませんでした……」
「それは博士がその頭脳を学問にしか向けてないからだろうな」
ゼーゲンはからかうように言った。
「ではサン・ジェルマン伯爵。あなたが、そんな顧問閣下の……フィルヴィーユ夫人のお父君というのは、一体どういうことで?」
「……長い話になります。まずは落ち着ける場所まで私をお連れください」
追っ手が来るかもしれない空の上では落ち着いた話もできない。それはこの気球に乗る4人全員の総意でもあった。
「それならご心配なく。我々はサン・オージュに向かっております。討伐軍の本陣であり、我々の勢力圏とも言える場所です」
「ありがたい。……ときにエリーナ、陛下はご無事か?」
父はそう尋ねてくる。陛下……今、この国でそう呼ばれているのはヴィスタネージュにいる女帝マリアン=ルーヌであるが、彼女のことではないとアンナはすぐに察した。
「はい。アルディスの身体もサン・オージュに」
「そうか」
「彼を……目覚めさせる事は可能ですか?」
「肉体の損傷は?」
「今は、ほとんどありません」
クロイス事変から半年。満身創痍であったマルムゼの肉体は、少しずつ癒えており、今では目立つ傷は全て消えている。目覚める気配こそ一向になかったが、この事実がアンナに希望を与え続けていた。
「なら大丈夫であろう。この私が必ず彼を目覚めさせよう」
「本当ですか!」
思わず身震いしそうになり、両腕で肩を抱き締める。
「よかった……」
そうつぶやくアンナを見て、サン・ジェルマンもまた、誰にも聞こえない大きさの声で独りごちた。
「私も自らの生を終わらせる寸前で良かった。ありがとう、来てくれて……」
* * *
気球の脚部につかまるゼーゲンへ、シュルイーズは呆れながら言った。
「だが、これですぐに撃ち落とされることもなくなっただろう?」
「それはそうですが……」
ゼーゲンは反動をつけて、気球の荷台部に飛び乗る。
「さて……。お二人には聞きたいことが色々ございます」
そして、アンナとサン・ジェルマン、二人の顔を交互に見比べた。
アンナは自分の正体を”鷲の帝国”の盟友二人には話していない。自分が推測していた(そして的中もしていた)サン・ジェルマンの正体についてもだ。
「サン・ジェルマン伯爵。私は、あなたのことを知っているはずでした。当然です。あなたは我々ホムンクルスの造物主ですから。……ですが、私の知る伯爵の顔はあなたではない」
「その通りです、ゼーゲン殿。あなたを創り、ゼフィリアス陛下のもとに送り届けたのは私の影武者でした」
ゼーゲンの疑問に答えると、続いて彼はアンナの顔を見た。
「そして"百合の帝国"の旧錬金工房に出入りしていたのも、その影武者。私は別の場所から錬金術研究を支えておりました」
「別の場所から?」
「それについては私がお答えします」
アンナは言った。
「この人がいたのは、帝都職人街。工房に実験機材を納入する職人の一人でした。名はタフト。私、エリーナ・ディ・フィルヴィーユの父です」
「ちょちょちょ! ちょっと待ってください!」
たまらず大声を上げたのはシュルイーズだ。
「顧問閣下、あなたがホムンクルスだということは聞いてましたが……その正体が、かのフィルヴィーユ公爵夫人である、と?」
「黙っていてごめんなさい。いかにも、かつて皇帝アルディス3世の寵姫として、その名で呼ばれていたのは私です」
「……」
シュルイーズは、口と目を大きく開いたまま何も言えずにいた。
「なんだ、気づいていなかったのか博士は?」
「えっ!?」
アンナは慌ててゼーゲンの顔を見る。
「ご存じ……だったのですか?」
「錬金術に対する知見、類稀なる政治センス、それにクロイス派や貴族社会に対する敵対意識。恐らくそうではないかと、私と我が君ゼフィリアスの間では話しておりました」
「そう、でしたのね……」
ホムンクルスは死者の魂を移し替えることで命が吹き込まれる。したがって全てのホムンクルスには「前世」が存在することになる。
アンナがホムンクルスであることを知っている2人ならば、その正体を考察するのはそれほど難しいことではなかったのかもしれない。
「いやはや、私は全く気づきませんでした……」
「それは博士がその頭脳を学問にしか向けてないからだろうな」
ゼーゲンはからかうように言った。
「ではサン・ジェルマン伯爵。あなたが、そんな顧問閣下の……フィルヴィーユ夫人のお父君というのは、一体どういうことで?」
「……長い話になります。まずは落ち着ける場所まで私をお連れください」
追っ手が来るかもしれない空の上では落ち着いた話もできない。それはこの気球に乗る4人全員の総意でもあった。
「それならご心配なく。我々はサン・オージュに向かっております。討伐軍の本陣であり、我々の勢力圏とも言える場所です」
「ありがたい。……ときにエリーナ、陛下はご無事か?」
父はそう尋ねてくる。陛下……今、この国でそう呼ばれているのはヴィスタネージュにいる女帝マリアン=ルーヌであるが、彼女のことではないとアンナはすぐに察した。
「はい。アルディスの身体もサン・オージュに」
「そうか」
「彼を……目覚めさせる事は可能ですか?」
「肉体の損傷は?」
「今は、ほとんどありません」
クロイス事変から半年。満身創痍であったマルムゼの肉体は、少しずつ癒えており、今では目立つ傷は全て消えている。目覚める気配こそ一向になかったが、この事実がアンナに希望を与え続けていた。
「なら大丈夫であろう。この私が必ず彼を目覚めさせよう」
「本当ですか!」
思わず身震いしそうになり、両腕で肩を抱き締める。
「よかった……」
そうつぶやくアンナを見て、サン・ジェルマンもまた、誰にも聞こえない大きさの声で独りごちた。
「私も自らの生を終わらせる寸前で良かった。ありがとう、来てくれて……」
* * *