さらに一週間後、アンナは春の朝日を思わせるライトイエローのドレスを身にまとい、4頭立ての豪華な馬車に乗っていた。
 どちらもリアン大公が用意したものだ。向かう先はグレアン伯爵邸。今日アンナは、リアン大公にお供する形でグレアン家を初訪問する。
 
「さすが王国第二の富豪が用意したドレスね」

 アンナは、ドレスの袖や肩にあしらわれたレース飾りがキラキラと輝いているのに気がついた。
 レースに織り交ぜた銀糸が馬車の窓から入る陽光に反射しているのだ。
 銀糸だけではない、ドレス全体の布地も東洋から取り寄せた一級品のシルク織られており、陽光を直接浴びない部分も、自ら光り輝いているように見えた。
 帝都の古着屋にあったものとは、素材の質も職人の腕も、比べ物にならない。名門グレアン家のご令嬢にふさわしき美を演出する、と言うわけだ。

「なにぶん急ぎの話ゆえ、簡素な仕立てになってしまったが、いずれより豪華なドレスを贈って差し上げよう」
 
 ドレスを贈った際、リアン大公はそう付け加えた。
 彼は、アンナたちの馬車に先行するマルフィア大公家の紋章がついた金の馬車に乗っている。さらに2両の前後には敬語の騎兵がそれぞれ1小隊ずつ、馬車の横にも数騎の警護がつく。
 そんな大行列で送り届けられたアンナは、そのまま屋敷に残り、グレアン伯のご令嬢として新たな生活を始める手筈となっていた。

「これでしばらく、あなたとはお別れですね、マルムゼ」

 馬車にはマルムゼも乗り込んでいる。伯爵家までの護衛として、王弟殿下が旧知の近衛兵に私的に護衛を頼んだ、という名目で新令嬢に随行しているのだ。
 しかし、伯爵家に入ってからも彼が付き添うのは難しいだろう。
 マルムゼには一旦、近衛隊に復帰してもらう。そして、来るべき時に備えて宮廷工作を任せる。アンナはそのつもりでいた。

「いえ、私も同行しますよ」
「気持ちは嬉しいですが、けれど……」
「私はあなたの護衛を主人より命じられています。おそばを離れるつもりはありません」

 マルムゼの黒い瞳はまっすぐ、アンナの顔を見つめた。黒髪の近衛兵の表情は真剣そのものだ。

「あなたは近衛兵でしょう? ここまで私につきっきりだったので、ある程度は自由が許される立場なのはわかります。けど伯爵家の屋敷に留まるとなると、話は別よ」
「"認識迷彩"」

 マルムゼは聞きなれない言葉を口にした。

「私が持つ異能について、お話ししておきましょう」