かくして砲台の占拠は瞬く間に終わった。ゼーゲンの予測通り、彼女が飛ばした殺気に飲み込まれ大半の人員は動けなくなった。それに耐えて抵抗してきた剛の者も数名いたが、彼らもゼーゲンの敵ではなかった。
 そしてその場にいた人員およそ30名の手足を縛り上げ、基地の中央にまとめて座らせた。

「……流石の手際ですね」
「縛り上げるのだけは骨をおりましたが、顧問殿が協力してくれたおかげでスムーズに進みましたよ」

 アンナも、ゼーゲンの力に飲み込まれ、一時は行動不能となったがすぐに回復した。覚悟していた分、さっきよりも短い時間で立ち直れたかもしれない。それでゼーゲンに合流して、敵の拘束を手伝っていたのだ。

「いやはや、閣下はすごいですな……」

 そういうシュルイーズはいまだ腰が抜けたままのようで、ぺたりと座り込んでいた。

「やはりホムンクルスの強靭な肉体があるからなのでしょうか?」
「いや。単に顧問殿の方が、博士よりも肝が据わっているからではないのか?」

 軽い皮肉を込めた口調でゼーゲンは言う。
 しかし拘束した敵の技術者たちもシュルイーズと同様、未だ動けない者が多いようなので、多分それが普通なのだろう。ホムンクルスの肉体が幸いしたと言うのは、あながち間違いでもなさそうだ。

「さて、と。顧問殿、この砲はどうしましょう?」
「全て破壊しましょう」

 アンナは躊躇なく答えた。

「5門とも、ですか?」
「はい」
「そんな、ひとつくらい残しても良いのではありませんか? 気球がなければ、奴らはこれを撃てません。第6軍団の到達を待ち、接収してもらいましょう」

 シュルイーズは言う。サン・ジェルマン伯が作り出した未知の超兵器。彼にしてみれば、ゆっくりとその構造を調査したいのだろう。
 しかしアンナは首を横に振った。

「なりません。これは、今の我々には過ぎたるもの。戦争の概念を根本から覆す恐ろしい兵器です」

 帝国の正統後継者を自認する復讐者とサン・ジェルマン伯には密接なつながりがある。となれば当然、この砲のことも知っていよう。
 ならばその者が仮に復讐を成し遂げ、"百合の帝国"の玉座に座ったら、その後どうなるか? 間違いなく、この砲を本格的に量産し、軍に配備するはずだ。そして、大陸諸国に対して世界戦争を仕掛けるかもしれない。
 もしそうなれば、その先に待っているのは血みどろの戦場。……いや、改良でこの射程距離がさらに伸びていけば、敵国の都市を直接破壊することだって可能となる。そんな力を制御し切れる人間はいるのか……?

 アンナはそんな思いを、2人に話した。
 
「……わかりました」

 全て聞き終えた後、シュルイーズはうなずく。

「知識の進歩を尊ぶ錬金術師として、私にも言い分はあります。しかし閣下、おそらくはあなたが正しい。……破壊しましょう」

 すぐにシュルイーズが方針に近寄って、その構造を確認した。彼の予想通り、やはり魔力を電気に変換し、それを用いて砲弾を打ち出してきたらしい。

「ならば、電気系統を破壊するだけでこの砲は無力化できます」

 シュルイーズの指示通りに、ゼーゲンは動いた。繊細な構造を持つそれらの装置は、彼女の無慈悲な破壊でみるみるうちに鉄屑へと姿を変えた。

「さて。あとはここまで来た最大の目的を達成するだけだな」

 ゼーゲンは捕虜となった技術者たちを見やる。彼らからサン・ジェルマン伯爵の工房の所在地を聞き出すのだ。

「敵がここに駆けつける前に、技術者を1人サン・オージュへ連れ帰りましょう。尋問は戻ってからゆっくりすれば良い」
「いえ、その時間すら惜しいです。今ここで、聞き出しましょう」
「は、いや、しかし……」

 尋問にはそれなりの時間が必要となる。敵地の奥深くでやるようなことではない。

「私に考えがあります」

 縛り上げた技術者の1人に近づく。身の危険を察した技術者は、アンナから逃げるように、拘束された手足をにじらせて後ずさった。

「怖がらないで。少し、あなたの頭をのぞかせていただきます」
「ひっ……」

 アンナが技術者の額に触れると、彼は短い悲鳴をあげた。

「後ろ向きに歩くように……」

 そうつぶやくと、アンナは異能を発動させる。"感覚共有"の力は、アンナと対象者の感覚をつなぎ、五感を共にしたり、自分と同じイメージを見せたりできる。
 しかし、今回アンナは自分の感覚を相手に共有させようとはしなかった。その逆で、この技術者が頭に描いていたものを、自分の頭の中に浮かべようと試みる。

(思い出せ、私が異能を使う時、どうしているかを。そしてそれを逆転させて再構築するんだ……!)

 異能の反転。アンナは、ゼーゲンから聞いたその技術の再現を試みていた。

「まさか、顧問殿……」

 ゼーゲンやシュルイーズも、彼女が何をしようとしているのか気がついたようだ。

(相手に投影するんじゃない、私自身に投影させるんだ)

 アンナと技術者の間に一枚の幕がある。まずはそんな様子を思い浮かべた。これはアンナが異能を使う時に、いつも漠然とイメージしていたことだ。この幕に、自分の心を映し出す。そのためにはどうすればいいか。
 光源を逆にすればいい。私の中にある光源は、私の心を影絵のように幕に映し出す。ならば……その光源を相手の中に作れば、相手の心が幕に投影されるはずだ。

「く……」

 慣れない異能の使い方に、急速に疲労感を覚える。頭がクラクラし、平衡感覚を失いかける。けど、あと少しだ……!

「あっ」

 不意に、自分が見たことのない景色が頭の中に広がった。
 深い森の奥にある古城。おそらくは魔法時代に建てられたまま忘れ去られたものだ。そしてそれがどこにあるか明確に理解する。自然とそれらの情報が頭に流れてきたのだ。そしてそこに、知った顔がいる。サン・ジェルマン伯爵……否、父タフトの姿が……!

「くはっ!」

 頭脳に限界が来た。本能が半ば強制的に、異能を使用を打ち切る。

「はあっはあっ……」
「こ、顧問殿?」

 恐る恐るセーゲンが尋ねる。

「ゼーゲン殿は、コレを今日何度も行ったのですか……? すごいですね」

 アンナは苦笑を浮かべた。それを見てゼーゲンも同じ表情で答える。

「いやいや、私たちの説明を聞いただけでそれを成功させる、あなたも大概ですよ……」
「そう、でしょうか?」
「上手くいったのですね?」
「ええ、敵の拠点の位置は正確に把握しました。それにアレの動かし方も……」

 アンナは、深い穴の中から見えている半球を指差した。

「時間はありません。このまま、あの気球で直接乗り込みましょう!」