「参ったな、まるで迷宮だ」

 ゼーゲンは手綱を引いて馬首を返した。後ろに続くアンナとシュルイーズもそれに続く。

 崖の上から眺めていた緩やかな起伏は、実際にその場を進んでみると小さな丘が際限なく続く、ひどく複雑な地形のように思えた。
 実際、ひとうひとつの丘は大した高さではない。けど、それでも伏兵を隠せるような地形は無数に存在し、反乱軍は巧妙な配置でアンナたちの進行を阻んでいた。

「地図を見るのと実際に進むのでは雲泥の差がある。それは行軍の常識だが……わかっているつもりの私ですら甘くみていたな」
「古来より暴れ川として知られていたルアベーズ川と、この平野独特の地質が、この地形を作り上げたのでしょう。こんな時でなければゆっくりと調査したいところです」

 シュルイーズは残念そうに言う。

「顧問殿、敵の気球の方向は?」
「あっちです!」

 アンナは指差す。丘に隠れて見えないが、指差す方向には確かにあの白く丸い物体が浮いている。

「ならば右手の丘を迂回したいところですが……その先に農作業のための小屋があります」
「中に誰かいるのですか?」
「はい。私の異能で見る限り、3人。いずれも反乱軍に協力してこの辺りの見張りをしている農夫だと思います」

 反乱軍は兵の配置だけでなく、一般の農夫の使い方もすこぶる上手い。上空からの観測では見つけづらい少人数の偵察隊も、彼らによる監視ですぐに捕捉されるだろう。そのあとは新型砲による砲撃か、至る所に潜む伏兵によって殲滅してしまうと言う寸法だ。

「仕方ない。ブレアス殿、行ってくれるか?」

 ゼーゲンは護衛としてここまでついてきてくれた兵士に声をかける。

「承知しました」

 ブレアスという名の兵士は多くは語らず、馬腹を蹴る。彼の馬はいななきとともに飛び出し、小屋の方向へと向かった。

「彼が注意を惹きつけてるうちに、一気に突っ切りましょう」
「はい。ですが……これで、護衛の兵は全て別行動となってしまいましたね」
「……皆、私が選んだ優秀な兵士です。農民軍などに捕まらず、サン・オージュまで逃げ帰ってくれると信じております」

 ゼーゲンが連れてきた護衛の兵士は5名。彼らは皆、陽動のためにアンナたちとは別行動をとる事となった。敵の伏兵や見張りの注意を惹きつけた後は各自の判断で、サン・オージュまで戻ることになっている。
 シュルイーズが連れていた錬金術師の助手たちも、気球の追跡では足手纏いとなるため先に帰した。つまり、これでメンバーはアンナとゼーゲン、シュルイーズの3名のみということになる。

「ここを抜ければ、気球まで一気に近づけるはずです。さあ、行きましょう!」

 そのとき、どこかで炸裂音が鳴った。3人はぴたりと動きを止め、耳に意識を集中させる。
 この位置からだとかすかではあったが、しっかりと耳に入ってくる、間違いない、砲撃が再開されたのだ。

「第6軍団の2次攻撃が始まったのでしょう。今度は出血を覚悟した上で前進を続けるはず……」

 小分けにした部隊を複数同時に動かせば、先ほどよりも深く敵陣に食い込むことができるかもしれない。しかしそこで待ち受けているのは、この迷路のような地形と、無数の伏兵たちだ。そして変わらず頭上は砲撃の危機にさらされる。

「急ぎましょう!」

 アンナは2人に向かってそう言うと迂回路へと馬を進めた。自分たちが手をこまねいていれば、それだけ第6軍団の死傷者は増えていくのだ。

 * * *