「シュルイーズ博士、アレは気球か?」

 ゼーゲンが錬金術師に尋ねる。
 気球自体はそれほど珍しいものではない。ちょうどアンナが、金属細工職人の娘として職人街で生まれた頃に発明された空飛ぶ装置だ。
 巨大な麻袋に入れた空気を熱する事で浮力を得るという、ごく単純な仕組みで、一時は貴族の遊びとして流行したという。

「私は砲撃の間ずっとアレを見ていたが、間違いなく自力で移動していた。そんな事が可能なのか?」

 空高くから地上を見渡せるという事で、確かに気球が戦争で使われることもある。
 しかし風まかせでしか移動できないという欠点があり、とかく正確性を求められる戦場での運用は難しいとされてきた。

「従来の気球では無理です。上空の強い風に負けない推進装置も研究されていますが、いずれも重すぎて搭載できません」
「では一体どうやって?」
「恐らくこれも魔力でしょう。大気中の魔力を操作し、任意の方向に風を起こしているのだと思います」

 魔力を自在に操る。これもまた、あの新型砲と同じくサン・ジェルマン伯にしかできない芸当だというわけだ。

「ともかく、砲撃が再開される前に気球に近づかなくてはいけません。アレさえ押さえれば、敵は弾着観測が出来ませんから」
「確かにな。あの気球は、いわば敵の目。いかな射撃の名手といえども、目隠しをさられば的に当てる事はできない。だが……」

 ゼーゲンは崖上から東の方角を見る。

「ここから先は敵地だ。こちらのからは見えぬ起伏の裏側や点在する林や茂みには、多くの敵が潜んでいよう。それに住民たちも基本的には敵と思った方がいい。どこをどう通ってもいずれ敵に捕捉される……」
「普通の兵なら。ですが、あなたなら可能でしょう?」

 事も無げにシュルイーズは言った。

「"領域明察"の異能を使い続けろと?」
「はい。それも効果範囲は最大で」

 異能の使用はそれになりに力を消耗する。
 敵の気球を目視で追い、馬を操りながら常時最大出力で異能を発動させる。それが相当の気力を要するであろう事は、アンナにも想像がついた。

「ゼフィリアス陛下の護衛任務では、夜通し異能を使う事もあったはずです」
「しかしあれは、陛下のお側から動かぬからできたのであった……いや、いい。これしか手はないだろうしな」

 ゼーゲンは観念したように抗弁を打ち切る。
 何を言ってもこの錬金術師は効かないだろう。そして、彼の頭脳にはしっかりと策もある様子だ。それをゼーゲンも理解している様子だった。

「ご心配なく。気球の補足を出来る視力の持ち主はもう一人いますので。ね、顧問閣下?」

 ニヤリと笑いながら、シュルイーズはアンナの顔を見る。

「ははっ、使えるならばこの国の指導者をも遠慮なく使うというわけか。大した軍師様だな、博士は」

 ゼーゲンは呆れたように言った。

「構いませんよ、ゼーゲン殿。あなたは異能の使用に専念してください。あの気球は私が追います」
「ありがとうございます、顧問殿。ならば上空は、あなた様にお任せします」

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