1万を超える第6軍団の軍勢が到着したのは、アンナたちが崖の上に拠点を構えた翌日であった。サン・オージュから続く道のどこかで、隊列を再編成したのだろう。アンナの推測通り、軍団は500人ほどの部隊に分かれて行動していた。
アンナたちはそれを崖の上から眺めやっていた。シュルイーズの指示で、全員が頭に土色の毛布を被り、地面に伏せている。彼曰く、観測手に視認されないための手立てとのことだ。
「始まりましたな」
先発の2部隊は、いずれも機動性の高い騎兵を中心に構成されている。彼らは山道を抜けると、檻から解き放たれた獣のように平野を疾駆する。
そしてその後方を、歩兵隊が着実な歩みで前進する。各部隊の連携が取れた、絶妙な速度の進軍だ。
が、突如、その歩兵隊の前方で土煙が舞い上がった。
「あっ!」
少し遅れて、崖の上に炸裂音が到達する。騎兵たちの動きも鈍重になった。後方で発生した轟音に、警戒心の強い馬が、脚を止めたのだろう。
そうしている間にも2つ目、3つ目の土煙が上がる。そしてそれは確実に歩兵隊へと近づいていく。観測手がいて、一発ごとに斜角を調整しているのは明らかだった。
そして4発目は部隊のど真ん中に着弾。いくつもの人影が宙に投げ出されるのが、アンナたちの位置からも視認できた。続き5発、6発と同じ場所に砲弾が撃ち込まれる。
アンナは周囲を見回すが、その弾が撃ち出される場所には全く見当がつかなかった。火薬の煙は見えないし、砲声も一切聞こえない。
「こいつは驚いた……」
シュルイーズが嘆息混じりに言葉を吐き出した。
「ただ射程が長いだけじゃあない。これほど正確に斜角調整出来るなんて……それに威力も通常の大砲より大きい……。こんなもんが世に出回ったら戦争の形が根本から変わりますよ……」
その間に、別の場所でも土煙が立ち昇る。前方を進軍していた騎兵が狙いだろう。先ほどと同様、1発ずつ弾着地点を補正している。
多くの馬が恐慌状態に陥っており部隊の足が止まっている。ばらばらに分散して逃げれば壊滅は避けられるだろうが、もはや部隊としての行動は出来ないであろう。
「……博士、相手がどんな技術を用いているかわかりますか?」
アンナは戦場を凝視するシュルイーズに尋ねた。
「恐らくは電気と磁力を用いたものでしょう」
「電気? 確か雷を引き起こす力のことですよね?」
自身が持つ錬金術の知識から、アンナはそう答えた。
「はい。磁界に存在する導体に電気を流すと、一定の方向に向かって導体そのものを動かす力が発生することが錬金術師の間では知られています。これを応用すれば、火薬式の大砲よりも遠くへ、早く、確実に砲弾を飛ばすことが可能でしょう」
見知らぬ用語が多い前半の意味はざっくりしかわからない。が、後半についてはその恐ろしさが理解できた。
「つまり、その性質を知る錬金術師なら、誰でもその大砲を作れると?」
「いえ、これを実現させるためには、それこそ雷のような莫大な力を持つ電気が必要です。現在の技術と知識では、それを直接生み出すことは不可能でしょう。200年かけても難しいかもしれません」
「けど、現に彼らはその砲を完成させてるわ。一体どうやって……」
「恐らく魔力です」
シュルイーズは答える。
「自然の中に存在する魔力を集め電気へ変換する技術を持っているのでしょう。過去の英雄たちが、魔法を使い雷を操ったように」
「そんなこと出来るのは……」
「ええ。この時代にはただひとり、サン・ジェルマン伯をおいて他にはいないでしょうなあ」
眼下の戦場ではいつのまにか砲撃が止んでいた。展開したばかりの歩兵部隊は壊滅。先行していた2つの騎馬隊も敵地に孤立せぬよう撤退に移っていた。
「全部で20発ほどでしたか。これが新型砲が一度に撃てる弾数の限界でしょう」
通常の砲兵隊よりも弾数そのものは少ないが、先鋒隊はもはや機能しなくなっていた。すぐに後続の部隊が入れ替わって展開するだろうが、同じことが繰り返されるであろう。
それを繰り返せば少しずつ前進することは可能だろうが、兵の損耗も疲弊も無視できないものになる。
「さて、ゼーゲン殿」
シュルイーズは、ゼーゲンの方を見る。この戦闘の間、彼女のみが戦場ではなく青空を眺め続けていた。
「私が言ったものは見つかりましたか?」
「……ああ」
ゼーゲンは応える。
「博士の言った通りだ。あの辺り……砲撃に合わせて、発光信号らしきものも送っていた……」
言いながら彼女は虚空の一点を指差す。アンナはその方向に目を凝らした。
何か白く丸いものが、空に浮かんでいる。空の青に溶け込んで、ホムンクルスの視力でもようやく視認できるか程度だが、確かにそこにある。
「あれは……」
アンナはその点の正体を確認するために、望遠鏡を使おうとした。
「いけません閣下!」
すぐさま、シュルイーズが望遠鏡の先を手で覆う。
「相手はどんな手段で観測しているかわかりません。万が一、望遠鏡の反射を捕捉されたら、我々の頭上に砲弾が飛んできます!」
「ご、ごめんなさい」
いつになく切迫したシュルイーズの声音。アンナは謝りながら手を下ろした。
「ホムンクルスである閣下とゼーゲン殿の肉眼だけが頼りです。あの丸を追いかけてください!」
アンナたちはそれを崖の上から眺めやっていた。シュルイーズの指示で、全員が頭に土色の毛布を被り、地面に伏せている。彼曰く、観測手に視認されないための手立てとのことだ。
「始まりましたな」
先発の2部隊は、いずれも機動性の高い騎兵を中心に構成されている。彼らは山道を抜けると、檻から解き放たれた獣のように平野を疾駆する。
そしてその後方を、歩兵隊が着実な歩みで前進する。各部隊の連携が取れた、絶妙な速度の進軍だ。
が、突如、その歩兵隊の前方で土煙が舞い上がった。
「あっ!」
少し遅れて、崖の上に炸裂音が到達する。騎兵たちの動きも鈍重になった。後方で発生した轟音に、警戒心の強い馬が、脚を止めたのだろう。
そうしている間にも2つ目、3つ目の土煙が上がる。そしてそれは確実に歩兵隊へと近づいていく。観測手がいて、一発ごとに斜角を調整しているのは明らかだった。
そして4発目は部隊のど真ん中に着弾。いくつもの人影が宙に投げ出されるのが、アンナたちの位置からも視認できた。続き5発、6発と同じ場所に砲弾が撃ち込まれる。
アンナは周囲を見回すが、その弾が撃ち出される場所には全く見当がつかなかった。火薬の煙は見えないし、砲声も一切聞こえない。
「こいつは驚いた……」
シュルイーズが嘆息混じりに言葉を吐き出した。
「ただ射程が長いだけじゃあない。これほど正確に斜角調整出来るなんて……それに威力も通常の大砲より大きい……。こんなもんが世に出回ったら戦争の形が根本から変わりますよ……」
その間に、別の場所でも土煙が立ち昇る。前方を進軍していた騎兵が狙いだろう。先ほどと同様、1発ずつ弾着地点を補正している。
多くの馬が恐慌状態に陥っており部隊の足が止まっている。ばらばらに分散して逃げれば壊滅は避けられるだろうが、もはや部隊としての行動は出来ないであろう。
「……博士、相手がどんな技術を用いているかわかりますか?」
アンナは戦場を凝視するシュルイーズに尋ねた。
「恐らくは電気と磁力を用いたものでしょう」
「電気? 確か雷を引き起こす力のことですよね?」
自身が持つ錬金術の知識から、アンナはそう答えた。
「はい。磁界に存在する導体に電気を流すと、一定の方向に向かって導体そのものを動かす力が発生することが錬金術師の間では知られています。これを応用すれば、火薬式の大砲よりも遠くへ、早く、確実に砲弾を飛ばすことが可能でしょう」
見知らぬ用語が多い前半の意味はざっくりしかわからない。が、後半についてはその恐ろしさが理解できた。
「つまり、その性質を知る錬金術師なら、誰でもその大砲を作れると?」
「いえ、これを実現させるためには、それこそ雷のような莫大な力を持つ電気が必要です。現在の技術と知識では、それを直接生み出すことは不可能でしょう。200年かけても難しいかもしれません」
「けど、現に彼らはその砲を完成させてるわ。一体どうやって……」
「恐らく魔力です」
シュルイーズは答える。
「自然の中に存在する魔力を集め電気へ変換する技術を持っているのでしょう。過去の英雄たちが、魔法を使い雷を操ったように」
「そんなこと出来るのは……」
「ええ。この時代にはただひとり、サン・ジェルマン伯をおいて他にはいないでしょうなあ」
眼下の戦場ではいつのまにか砲撃が止んでいた。展開したばかりの歩兵部隊は壊滅。先行していた2つの騎馬隊も敵地に孤立せぬよう撤退に移っていた。
「全部で20発ほどでしたか。これが新型砲が一度に撃てる弾数の限界でしょう」
通常の砲兵隊よりも弾数そのものは少ないが、先鋒隊はもはや機能しなくなっていた。すぐに後続の部隊が入れ替わって展開するだろうが、同じことが繰り返されるであろう。
それを繰り返せば少しずつ前進することは可能だろうが、兵の損耗も疲弊も無視できないものになる。
「さて、ゼーゲン殿」
シュルイーズは、ゼーゲンの方を見る。この戦闘の間、彼女のみが戦場ではなく青空を眺め続けていた。
「私が言ったものは見つかりましたか?」
「……ああ」
ゼーゲンは応える。
「博士の言った通りだ。あの辺り……砲撃に合わせて、発光信号らしきものも送っていた……」
言いながら彼女は虚空の一点を指差す。アンナはその方向に目を凝らした。
何か白く丸いものが、空に浮かんでいる。空の青に溶け込んで、ホムンクルスの視力でもようやく視認できるか程度だが、確かにそこにある。
「あれは……」
アンナはその点の正体を確認するために、望遠鏡を使おうとした。
「いけません閣下!」
すぐさま、シュルイーズが望遠鏡の先を手で覆う。
「相手はどんな手段で観測しているかわかりません。万が一、望遠鏡の反射を捕捉されたら、我々の頭上に砲弾が飛んできます!」
「ご、ごめんなさい」
いつになく切迫したシュルイーズの声音。アンナは謝りながら手を下ろした。
「ホムンクルスである閣下とゼーゲン殿の肉眼だけが頼りです。あの丸を追いかけてください!」