ルアベーズの農民反乱が成功した最大の理由。それはルアベーズ伯爵領の特殊な地勢にあると考えられる。
 帝国南部の最大河川リユーヌ川の支流・ルアベーズ川に沿って広がるこの穀倉地帯は東西に細長い。そして、四方を丘陵地帯に囲まれた盆地状の地形を成している。
 領内に通じる山道はいくつかあるが、軍の移動に使えるのは、サン・オージュから延びる川沿いの街道しかない。そのため、これまで組織された討伐軍は全てこの道を通るしかなく。領内に入った地点であえなく殲滅されていた。

「第6軍団は、これまでの討伐軍よりも精強で、兵力も数倍になります。しかし、今回の戦いにおいてはそれが有利に働くことはないでしょう」

 ルアベーズ川を眼下に臨む崖の上にアンナたちはいた。この絶壁より西側で川は一旦南へ曲がり、細い谷を通ってサン・オージュへと向かう。一方東側は開けた平地となっており、遠くまで見晴かすことができる。
 この地点こそがルアベーズ伯爵領の入り口であり、貴族の私兵たちが6連敗を喫した戦場だった。

「確かに、蛇行する川と山に阻まれて左右に展開することが出来ない。大軍であればあるほど、動きが悪くなる地形です」

 歴戦の戦士であるゼーゲンは、アンナの言葉に同意する。

「恐らく第6軍団はいくつかの分隊を編成し、波状攻撃を試みるでしょう」

 大軍である事を活かすならば、その戦い方しかない。小規模の部隊で攻めては退きを繰り返す。それを敵の砲撃を上回るペースで続ければ、ゴリ押しの末に領内に食い込む事ができるであろう。

「大量出血を前提とした戦い方ですね……」
「先鋒の部隊は壊滅に近い被害を被るでしょう。そして、首尾よく領内に入れたとしても、敵の砲台を押さえない限り彼らは常に狙われ続けます」
「それをさせないためにも、我々が砲台の位置を割り出さなければならないわけだが……」

 ゼーゲンは望遠鏡を覗くシュルイーズを見た。

「どうだ博士。それらしきものは見えるか?」
「残念ながら何も」

 青年錬金術師は、望遠鏡から目を離すと首を横に振った。しかし、その口元には笑みをたたえている。

「けど、だからこそ私の考え通りになる可能性が出てきました」
「どういう事だ?」
「こちらから砲台を視認できないという事は、砲台側からもこの地点を見る事ができないという事です。なのに彼らは正確な砲撃で討伐軍を撃退している。これはどういうことでしょう?」
「確かに……」

 アンナは顎に手をあてて考える。
 砲撃戦で重要なのは観測だ。大砲とは当てずっぽうで撃ってどうにかなるものではない。地形と気候、特に風向きを把握し、着弾地点を見極めながら、少しずつ射角を調整して標的に近づけていくのだ。
 そのため、通常の戦いでは見晴らしの良い場所に砲兵を配置する必要がある。それは同時に、敵側からも見つかりやすい場所に陣取るしかないということでもあった。
 だから将軍たちは騎兵や歩兵の配置を考え抜き、敵を砲兵陣地に近づけぬようにするのだ。

「敵側からも見えない場所に砲台があるのなら……どこか別の場所に観測手を置くしかないのではないか?」

 ゼーゲンが言うと、シュルイーズがうなずく。

「ご明察。遠隔地に観測手を置き、何らかの手段で通信していると考えるのが妥当でしょう。ではその観測手がいるのはどこだと思います?」
「それは……」

 ゼーゲンは言葉に詰まる。この崖から東側は平原とはいえ、完全に平らな地形ともいえない。緩やかな起伏が連なっているが、飛び抜けて高い丘のようなものもない。
 つまり、領内に侵入してきた軍の詳細を把握できるような場所がないのだ。

「強いて言うなら、我々が今立っているこの崖だな。ここより観測に向いている場所はない……」
「ですよね。実は私もここに敵の観測所がある可能性は考えていたんです。けど、なかった」

 シュルイーズは言いながら、腕を大きく上げる。

「とならば、観測者がいるのはあそこしかありません!」
「……は?」

 ゼーゲンもアンナも彼の言ってる意味が理解出来なかった。2人だけではない。護衛の兵士も、シュルイーズが助手として連れてきた錬金術師でさえ、ぽかんと口を半開きにしている。

 シュルイーズが指差した方向。そこには何も存在していない。見晴らしの良い丘どころか、そこは地面ですらない。青々とした大空が広がるのみであった。

「ともかく、まずは本体の到着を待ちましょう。あの茂みの中で。間違っても、崖の上で立ち上がったりしないでください。見つかりますから……」

 * * *