サン・オージュは人口2万ほどの中規模商業都市だ。主要街道の中継地点のため物流が盛んで、この街を拠点として活動する商人も多い。
が、今この街は平時とは全く異質の熱を帯びていた。
(やっぱり戦場が近いと、どの街もこういう空気になるのね……)
馬車から降りた瞬間、アンナは思った。
寵姫エリーナであった頃、当時"獅子の王国"との戦闘が繰り広げられていた前線近くの街を視察したことがあるが、あの街と全く同じ空気を纏っている。
一般人の往来は少なく、サーベルや銃を持つ軍服姿が目立つ。街の外にはいくつもの天幕が並び、せわしなく伝令の馬が走り回る。
到着したばかりの第6軍団の兵力は1万2000。先着している諸侯の私兵隊は総勢で8000弱だという。つまり、人口とほぼ同数の兵士が、現在この街の近辺にいるのだ。物々しい雰囲気になるのは仕方ないことかもしれない。
「向こうの天幕は、諸侯の部隊かしら?」
アンナは同行している将校に尋ねた。彼は第6軍団長の副官で、この街に置いていく視察団の警護を担当する事になっている。
「はい。ルアベーズの反乱が自領に広がらないよう、近隣の貴族たちが派遣している部隊です」
「……憔悴しきってるわね」
天幕の外で作業をしている兵士が何名か見えるが、みな一様に覇気がない。地面にぐったりと座り込んでいるものもいる。
「討伐隊は、領内への侵入すらできていません。一体、あの山の向こうで何が起きているのやら……?」
将校は東の方角を見た。
連なる山々を越えた先にルアベーズ伯爵領が広がる。この街から2日ほど行軍する必要がある距離だ。作成行動を取るには、山の向こうに拠点を築く必要があったが、未だ成功していないらしい。
「報告書では山道を抜けた先で砲撃にあった、とありますが……」
「はい。不意をついた砲撃で混乱したところを、反乱軍本隊の急襲を受け敗走した。これまであった6度の戦闘は全て同じ結果だったそうです」
「同じ結果? なんの対策もできなかったの?」
これまでの討伐隊は正規軍ではない。規模も練度も、第6軍団には及ばないであろう。諸侯の連合軍ゆえに連携も取れていないかもしれない。
だとしても6回も同じ負け方をするとはどういうことか?
「というより、対策のしようがないみたいです。偵察隊の報告では山道の先に、砲台らしきものが存在しないとのこと」
「砲台がない?」
「はい。もしかしたら砲撃は、我々が考えているより遠方から行われているのかもしれません」
「錬金術による兵器……?」
考えられるのはそれだ。通常の大砲よりもはるかに長い射程距離を持つ兵器。サン・ジェルマン伯爵がそれを製造し、山の向こうの反乱軍に提供した。
だとしたら由々しき問題だ。火器の射程距離は戦勝の勝敗を決定づける重要な要素と言える。こんなものがルアベーズだけでなく、各地反乱軍に行き渡れば、正規軍でも鎮圧は難しくなる。
必ずやサン・ジェルマンの工房を抑えなければならない。アンナは胸の奥で改めて誓い直した。
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