「陛下、10分で構いません。何とぞお時間を……!」
そんな緊迫した情勢の中、宮廷の力関係を象徴するような出来事がグラン・テラスで起きた。
女帝マリアン=ルーヌは、真珠の真の友人たちと共に、日課である庭園の散歩に出かけようとしていた。そこに、顧問アンナが現れたのである。
「アンナ……」
自分を呼ぶ声に女帝は反応した様子だ。しかし、すぐにその姿はいくつものドレスに埋もれてしまった。彼女の「友人」たち、真珠の間グループの貴婦人たちがアンナと女帝の間に壁として立ちはだかる。
「いくら顧問殿といえど、不躾ですよ」
壁の最前列に立つ女、ポルトレイエ伯爵夫人が言った。死んだグリージュス公爵に代わり、宮廷女官長に任命された彼女は、今や真珠の間においても最重要人物と目されている。
「ご挨拶ならば、毎朝行われる謁見の儀に出れば良いこと」
「事は政務に関わる事。陛下と2人きりでお話しする必要があるのです」
ふと、アンナは以前にも似たような事があったな、と思い出した。
何年前になるか。まだ女帝が皇妃だった頃、このグラン・テラスで、当時の宮廷女官長ペティア夫人に呼び止められたことがあった。
皇妃派と呼ばれるグループの中心として、あの時ペティア夫人と対決したアンナだったが、今ではその立場にポルトルイエ夫人がいる。
そして、私はあの時のペティア夫人か。やや自嘲気味に、アンナは思った。
「困りますわ。陛下との間柄を特権とでも勘違いなさっているので?」
ポルトレイエは、ここでアンナと女帝の関係をはっきりさせてしまおうという腹づもりらしい。もうお前の時代は終わった。陛下のお側にいるのは我々なのだ。そう言いたげだ。
アンナにとっては懐かしさすら感じる。あの時の自分も、ペティアに似たようなことを言ったかもしれない。
「面会の申請はもう10日も前からしております。ですが一向にお返事をいただけず、こうして参上した次第です」
「当然のこと。政務に関わると言っても、正式な閣議決定ではないのでしょう? それは顧問という立場を利用した権力の私物化でなくて?」
ポルトルイエの言葉に、他の女たちも頷く。
賢しらな口を聞いて、お前たちに政の何がわかる!? ……と言いたいところだが流石にそれは我慢した。
そんな発言をすれば、かつてのクロイス公爵と同じところまで堕ちてしまう。
「アンナ」
2人のやりとりを聞いていた女帝は、アンナの名を呼んだ。その声に、女たちがざわつく。
「……5分だけです。5分、あなたに時間を与えましょう」
「あっ、ありがとうございます!」
「陛下!」
ポルトレイエは不満げな声を上げる。
「迷路庭園でお話を伺います。女官長、人払いをお願いできる?」
「なりません陛下。ご多忙の身、このように予定にない事は……」
「多忙といっても、この後は散歩をするだけよ? その時間くらい彼女に差し上げても良いでしょう?」
「ですが……」
「ねえ、グリーナ」
女帝はポルトレイエを役職名ではなくファーストネームで呼んだ。
「あなたは私の大切な親友よ。でもアンナもまた、そうなの。わかってくれる?」
「……かしこまりました」
不服そうにポルトレイエは引き下がる。その様子を見て、アンナは複雑な想いを巡らせていた。
このような対応をとるという事は、女帝はまだアンナへの寵愛を失ってるわけではないらしい。その点には希望を待つことができた。
しかしアンナはかつて、女帝にとって「ただ一人の親友」だったのだ。それが今やポルトレイエ夫人と同列となっている。いや、向けられる想いの強さを比べれば彼女や他の真珠の間グループに差をつけられているかもしれない。
女帝の気持ちの変化を非難する事はできない。アンナ自身にもその責はあるのだ。とはいえ、このまま気持ちが離れていくのを認めるわけにもいかない。
女帝が自分を疎んじ始める前に、関係を改善しなくては。それは宮廷におけるアンナの最大の課題であった。
そんな緊迫した情勢の中、宮廷の力関係を象徴するような出来事がグラン・テラスで起きた。
女帝マリアン=ルーヌは、真珠の真の友人たちと共に、日課である庭園の散歩に出かけようとしていた。そこに、顧問アンナが現れたのである。
「アンナ……」
自分を呼ぶ声に女帝は反応した様子だ。しかし、すぐにその姿はいくつものドレスに埋もれてしまった。彼女の「友人」たち、真珠の間グループの貴婦人たちがアンナと女帝の間に壁として立ちはだかる。
「いくら顧問殿といえど、不躾ですよ」
壁の最前列に立つ女、ポルトレイエ伯爵夫人が言った。死んだグリージュス公爵に代わり、宮廷女官長に任命された彼女は、今や真珠の間においても最重要人物と目されている。
「ご挨拶ならば、毎朝行われる謁見の儀に出れば良いこと」
「事は政務に関わる事。陛下と2人きりでお話しする必要があるのです」
ふと、アンナは以前にも似たような事があったな、と思い出した。
何年前になるか。まだ女帝が皇妃だった頃、このグラン・テラスで、当時の宮廷女官長ペティア夫人に呼び止められたことがあった。
皇妃派と呼ばれるグループの中心として、あの時ペティア夫人と対決したアンナだったが、今ではその立場にポルトルイエ夫人がいる。
そして、私はあの時のペティア夫人か。やや自嘲気味に、アンナは思った。
「困りますわ。陛下との間柄を特権とでも勘違いなさっているので?」
ポルトレイエは、ここでアンナと女帝の関係をはっきりさせてしまおうという腹づもりらしい。もうお前の時代は終わった。陛下のお側にいるのは我々なのだ。そう言いたげだ。
アンナにとっては懐かしさすら感じる。あの時の自分も、ペティアに似たようなことを言ったかもしれない。
「面会の申請はもう10日も前からしております。ですが一向にお返事をいただけず、こうして参上した次第です」
「当然のこと。政務に関わると言っても、正式な閣議決定ではないのでしょう? それは顧問という立場を利用した権力の私物化でなくて?」
ポルトルイエの言葉に、他の女たちも頷く。
賢しらな口を聞いて、お前たちに政の何がわかる!? ……と言いたいところだが流石にそれは我慢した。
そんな発言をすれば、かつてのクロイス公爵と同じところまで堕ちてしまう。
「アンナ」
2人のやりとりを聞いていた女帝は、アンナの名を呼んだ。その声に、女たちがざわつく。
「……5分だけです。5分、あなたに時間を与えましょう」
「あっ、ありがとうございます!」
「陛下!」
ポルトレイエは不満げな声を上げる。
「迷路庭園でお話を伺います。女官長、人払いをお願いできる?」
「なりません陛下。ご多忙の身、このように予定にない事は……」
「多忙といっても、この後は散歩をするだけよ? その時間くらい彼女に差し上げても良いでしょう?」
「ですが……」
「ねえ、グリーナ」
女帝はポルトレイエを役職名ではなくファーストネームで呼んだ。
「あなたは私の大切な親友よ。でもアンナもまた、そうなの。わかってくれる?」
「……かしこまりました」
不服そうにポルトレイエは引き下がる。その様子を見て、アンナは複雑な想いを巡らせていた。
このような対応をとるという事は、女帝はまだアンナへの寵愛を失ってるわけではないらしい。その点には希望を待つことができた。
しかしアンナはかつて、女帝にとって「ただ一人の親友」だったのだ。それが今やポルトレイエ夫人と同列となっている。いや、向けられる想いの強さを比べれば彼女や他の真珠の間グループに差をつけられているかもしれない。
女帝の気持ちの変化を非難する事はできない。アンナ自身にもその責はあるのだ。とはいえ、このまま気持ちが離れていくのを認めるわけにもいかない。
女帝が自分を疎んじ始める前に、関係を改善しなくては。それは宮廷におけるアンナの最大の課題であった。