「……つまり黄金帝以降の帝国の歴史は全てまやかしだったということか?」
「まやかし、ですか。少なくとも帝室と貴族社会にあり様に関してはそう言わざるを得ないでしょう」
「なんということだ……」

 リアンは顔面を蒼白にして口元を押さえていた。
 アンナがバティス・スコターディにこだわる理由。それはすなわちその地下に眠る賢者の石の話であり、それを生み出す強大な魔力の話となる、そしてそれらの説明をするためには、ペティア夫人が先祖代々守り抜いてきた真実の歴史と、闇に葬られ正統なる皇族の話をせざるを得ない。
 それらの事実は、当の黄金帝の血を引くとされている皇弟リアンに少なからぬ動揺を与えていた。黄金亭の血を引くとは、もはや"百合の帝国"の正統な後継者であることを意味しない。その逆であり、呪わしき簒奪者の子ということになる。

「そして今、リュディスの血を引く真なる皇帝が、復讐と帝位の奪還をかけて動いている。そう君は言いたいのだな?」
「はい。それに対抗するためにも賢者の石の研究を進める必要がございます。そのために、バティス・スコターディを私自身の手で押さえなくてはならないのです!」
「復讐者の正体はわかっているのか……?」

 リアンは青ざめた顔のまま、アンナに尋ねる。

「はい。先の政変の際、我が腹心マルムゼがその者と争い、相討ちとなりました」

 そのマルムゼの正体については、リアンに打ち明けずにいた。彼の兄アルディス3世が名前と姿を変えて、アンナと行動をともにしていたなどと、ただでさえ動揺しているこの人をより混乱させるだけであろう。

「相討ち……つまり、元戦争大臣のウィダスこそが復讐者だったと? だが、奴は死んだのであろう?」
「……あの死体が真にウィダスの、そして復讐者のものであれば、ですが」
「違うというのか?」
「百年に及ぶ憎悪を晴らすための復讐が、あんな形で終わるとは私には思えません。ウィダスの死そのものが、復讐から目を逸らすための欺瞞ではないかと、私には思えてしまうのです」
「では他にいるのだな、帝室への復讐を目論むものが」

 アンナは頷いた。

「あくまで推論です。しかし、()がそうであった場合、最も理想的な形で復讐完遂に近いところにいることとなります」
「どういうことだ、誰なのだそれは!?」
「今回の政変で私すらも欺き、勝者となった者。盤石であった顧問派の体制にひびを入れ、現在の皇帝からの絶大な信頼を勝ち取ることに成功した者です」
「つまり……ダ・フォーリスか……!?」

 彼は外国人でありながら、広大な領地と伯爵の位を手に入れた。そして、女帝マリアン=ルーヌの恋人として宮廷から歓迎されている。これを、再び至高の存在へと返り咲くための準備と考えるならば、これほど理想的な状態はない。

「私がお話しできることは全てお話ししました。その上で改めて申し上げます。大公殿下、何卒私にお力をお貸しください」

 もはや後には引けない。乱を好む宮廷の潜在的な政敵に、最悪の情報を与えてしまった。しかし、これからアンナがやろうとしていることを成し遂げるためには、彼の協力が不可欠なのだ。彼を制御不能の敵としないためにも、ここで全てを話さなければならなかった。

「ひとつ、聞いておきたい」
「なんでしょう?」
「復讐者に対抗すると申したが、本当にその必要はあるのか?」
「……と,言いますと?」
「今の話が本当ならば、非は我が祖先たる黄金帝にある。正統なる後継者の主張を認め、彼にこの国の統治を委ねる。皇族の私には無理だが、君にはそういう選択もあるのだろう。何故、そうはしない?」
「愚問です」

 アンナは、強い意志を言葉に乗せ、皇帝の問いに答えた。

「私が求めているのは10年後の平和であり、今この時の民の安息です。100年前の正しさなどではありません。どれだけ主張に理があろうと、それが私が求めるものと相反するのであれば、私はその主張を否定します!」

 アルディスとともに目指した、民のための国。それは100年前の亡霊が仕掛けた陰謀によって一度は頓挫した。ホムンクルスの肉体を得たアンナは再び、かつての理想のために動いている。それを邪魔するものは何者であっても許さない。

「なるほど、相わかった。アンナ、ゲストルームをひとつ貸す。今日は泊まっていくと良い」
「は。いえ、まだ早いですし、グレアン邸へ戻るつもりでしたが……」
「ここからの方が職人街へ近かろう。明日、ともに劇場建設の依頼をケントにするのだ。それが共同戦線の証となる」
「では!」
「ああ、もちろん劇場建設は表向きのこと。しかし我々が手を携えたと知れば、敵も警戒しないわけにはいかぬ」
「閣下……ありがとうございます!」
「礼など無用。私は長らく観客であることを好んできたが、どうやら舞台に立たねばならぬ時が来たようだ」

 リアンのそんな言葉の端には、どこか観念したような、それでいて少しばかりの清々しさが含まれていた。