そして帝都職人街。帝国国内で最も顧問アンナを支持しているであろうこの街区でも、今回の政変の結果を楽観視するものは少なかった。

「これじゃあクロイス家に代わって、真珠の間の連中が宮廷を牛耳るようなもんじゃねえか」
「納得できるか! 我らが顧問様は、女帝様のためにこれまで尽くしてきたんじゃねえのかよ……」

 顧問アンナが、今回の再編に際してなんの褒賞も与えられなかったばかりか、領地返上と減俸処分が下されたことは、職人たちに大きなショックを与えていた。

「俺たちも身の振り方を考えたほうがいいんじゃないか?」
「どういうことだ?」
「女帝様との強い繋がりがあるからこそ、顧問様は様々な偉業を達成してきた。そして俺たちもそれに乗っかっている。だが、お二人の関係が崩れたとなれば、俺たちもこのまま顧問様べったりというわけにも……」
「お前! 顧問様を裏切るってのか!?」
「そうは言ってない! けど、他の貴族様たちとの繋がりも必要だろう……?」

 酒場に重苦しい空気がのしかかる。顧問アンナの時代が終わるのなら、別の庇護者を探さなくてはならない。好むと好まざるとに限らず、だ。

「おいおいおい、お前らには人情ってもんがないのか!? 血塗られた寵姫エリーナのせいで崩壊したこの街が、今こうして活気を取り戻したのはだらのおかげだと思ってやがる!?」

 声高にそう叫ぶのは大工頭のダンだ。
 確かに彼の言う通り、彼女の協力なくしてこの街の復興はなかった。
 彼女には大恩がある。さりとて彼女と共に心中するわけにもいかない。

「たとえお前らが、別の貴族様に尻尾を振ろうが、俺は顧問様一筋だ。俺はあのお方に大きな借りがあるからな!」

 職人街の崩壊に絶望し、強盗に落ちぶれたダンを更生させたのは顧問アンナなのだ。当人にその意思はなかったのだが、堕落から救い出してくれた彼女に、ダンは強い恩義を感じていた。

「では"別の貴族様"がマルフィア大公閣下だとしたらどうだ?」
「え?」

 その場にいた全員の視線が、酒場の入り口に集中する。いつの間にかこの街の顔役、ガラス職人のケントが立っていた。

「どうだ? それなら依存ないだろう?」
「こ……皇弟殿下か……」

 その名を持ち出されて、ダンも歯切れ悪そうに口を閉じた。
 マルフィア大公リアン。先帝アルディス3世の実弟であるその青年は、帝都では顧問アンナと人気を二分する大人物である。

「商工会の役員は全員、会館へ来てくれ。そのお二人、顧問様と皇弟殿下がお越しだ」