「すでにこの屋敷は、貴族の私兵に囲まれております。すみやかに出頭せよとのこと」
「馬鹿な、何を根拠に出頭せよというのだ!」
「おそらくは内部告発。裏切りでしょう」
「今日はグレアン伯がご欠席のようだが……まさか彼が?」
動揺する官僚たちをエリーナは黙って見つめていた。
エリーナがこの私邸で開いたサロン。ここがフィルヴィーユ派の本拠地だ。いつもならグレアン伯もこの部屋に集っていたのだが、その日に限って現れなかった。
「おのれグレアンめ! 改革派に共感するなどと言っていたが、所詮は民の苦しみを理解せぬ貴族であったか」
平民出身の若手官僚が悔し涙と一緒に声を絞り出した。
「貴族社会に馴染めぬ一匹狼と思ってましたが、どうやら我々は誤解をしていたようですな」
「仕方あるまい。一匹狼と言えば聞こえはいいが、要するに貴族たちから爪弾きにされただけの者。奴らの輪に入れるなら、平民なんか喜んで切り捨てるさ!」
みな口々に不在の裏切り者を罵る。皆の動揺がある程度落ち着いたところで、エリーナは口を開いた。
「……出頭しましょう。こうなった以上、それしか方法はありません」
言った瞬間に再び場がざわめく。
「馬鹿な!危険です」
「高等法院は貴族派の根城と言っていい。行けば奴らの思う壺です!」
「工房に機械馬車を手配させました。それで一度、ご領地へ落ち延びてください」
この屋敷と錬金工房は地下通路で繋がっている。あそこで開発中の新式馬車なら、確かに貴族たちを振り切ることができるかもしれない。
しかし高等法院が発行した正式な出頭命令なのだ。背けば自分の立場を悪くするだけである。
「この命令者に記された、出頭の事由ですが」
最高判事の署名が入った紙を取り上げる。
「確かに内部の者しか知らない事が書かれています。告発者はグレアン伯で間違いないでしょう」
エリーナはいつもグレアン伯が座っていた椅子を見やった。
「ですが、物資の横領や、錬金術の私物化など、言いがかりもはなはだしい。私たちには何ら後ろ暗いところはない! 違いますか?」
そうだ、その通りだ。皆が口々に言う。
「この際、我々の主張を全て法院の公式文書に残すのです。その上で皇帝陛下にご判断いただきましょう!」
「そ、そうだ。我々の志は、フィルヴィーユ夫人を通じて陛下にもご理解いただいている」
「これまではそのご理解も非公式なものだった。だが高等法院での審理となれば……」
「公の場で、陛下をお味方につけることも可能、ということか!」
官僚たちは色めき立つ。そうだ、これはピンチではない。むしろチャンスだ! 貴族派との決戦だ!
「今朝、前線より連絡がありました。"獅子の王国"との会戦で、陛下率いる帝国軍は大勝利とのこと」
「おおっ!では!?」
「残務整理を行なったのちに、帰還するそうです。来月には陛下も帝都に凱旋されるでしょう」
「では、それまで持ち堪えれば良いということですな!」
「はい。1ヶ月です! 1ヶ月間、私は審理を長引かせます。その間に皆さんは我々の潔白を示す揺るぎなき証拠を揃えてください。そうすれは、我々の勝利です!」
一同、席を立ち上がりおおっ、と声を上げる。
それは官僚というよりも前線の兵士たちのような、戦意と覇気に満ちた雄叫びだった。
だが、エリーナの目論見は外れた。その日が彼ら改革者たちと過ごす最後の一日となった。
数日後、フィルヴィーユ公爵夫人アンナは、高等法院の貴人用独房において、近衛隊長ウィダスの手によって謀殺される。
* * *
「馬鹿な、何を根拠に出頭せよというのだ!」
「おそらくは内部告発。裏切りでしょう」
「今日はグレアン伯がご欠席のようだが……まさか彼が?」
動揺する官僚たちをエリーナは黙って見つめていた。
エリーナがこの私邸で開いたサロン。ここがフィルヴィーユ派の本拠地だ。いつもならグレアン伯もこの部屋に集っていたのだが、その日に限って現れなかった。
「おのれグレアンめ! 改革派に共感するなどと言っていたが、所詮は民の苦しみを理解せぬ貴族であったか」
平民出身の若手官僚が悔し涙と一緒に声を絞り出した。
「貴族社会に馴染めぬ一匹狼と思ってましたが、どうやら我々は誤解をしていたようですな」
「仕方あるまい。一匹狼と言えば聞こえはいいが、要するに貴族たちから爪弾きにされただけの者。奴らの輪に入れるなら、平民なんか喜んで切り捨てるさ!」
みな口々に不在の裏切り者を罵る。皆の動揺がある程度落ち着いたところで、エリーナは口を開いた。
「……出頭しましょう。こうなった以上、それしか方法はありません」
言った瞬間に再び場がざわめく。
「馬鹿な!危険です」
「高等法院は貴族派の根城と言っていい。行けば奴らの思う壺です!」
「工房に機械馬車を手配させました。それで一度、ご領地へ落ち延びてください」
この屋敷と錬金工房は地下通路で繋がっている。あそこで開発中の新式馬車なら、確かに貴族たちを振り切ることができるかもしれない。
しかし高等法院が発行した正式な出頭命令なのだ。背けば自分の立場を悪くするだけである。
「この命令者に記された、出頭の事由ですが」
最高判事の署名が入った紙を取り上げる。
「確かに内部の者しか知らない事が書かれています。告発者はグレアン伯で間違いないでしょう」
エリーナはいつもグレアン伯が座っていた椅子を見やった。
「ですが、物資の横領や、錬金術の私物化など、言いがかりもはなはだしい。私たちには何ら後ろ暗いところはない! 違いますか?」
そうだ、その通りだ。皆が口々に言う。
「この際、我々の主張を全て法院の公式文書に残すのです。その上で皇帝陛下にご判断いただきましょう!」
「そ、そうだ。我々の志は、フィルヴィーユ夫人を通じて陛下にもご理解いただいている」
「これまではそのご理解も非公式なものだった。だが高等法院での審理となれば……」
「公の場で、陛下をお味方につけることも可能、ということか!」
官僚たちは色めき立つ。そうだ、これはピンチではない。むしろチャンスだ! 貴族派との決戦だ!
「今朝、前線より連絡がありました。"獅子の王国"との会戦で、陛下率いる帝国軍は大勝利とのこと」
「おおっ!では!?」
「残務整理を行なったのちに、帰還するそうです。来月には陛下も帝都に凱旋されるでしょう」
「では、それまで持ち堪えれば良いということですな!」
「はい。1ヶ月です! 1ヶ月間、私は審理を長引かせます。その間に皆さんは我々の潔白を示す揺るぎなき証拠を揃えてください。そうすれは、我々の勝利です!」
一同、席を立ち上がりおおっ、と声を上げる。
それは官僚というよりも前線の兵士たちのような、戦意と覇気に満ちた雄叫びだった。
だが、エリーナの目論見は外れた。その日が彼ら改革者たちと過ごす最後の一日となった。
数日後、フィルヴィーユ公爵夫人アンナは、高等法院の貴人用独房において、近衛隊長ウィダスの手によって謀殺される。
* * *