帝都から遠く。旧クロイス公爵領・ベールーズ。
先日、帝室に献上されたばかりのこの荘園である。この地を治める城館に、帝都から1人の使者が訪れていた。
「なんと。ではこの城と荘園はダ・フォーリス大尉に与えられると?」
ベールーズ代官であるヴリソンは、使者の言葉に目を丸くした。
「ですが、ダ・フォーリス大尉は死亡されたのでは? 少なくともここに入ってきた情報では、そのように……」
「それは事変を伝える第一報でありましょう。大尉は命からがら窮地を脱し、3日後に陛下に拝謁されました。そして、此度の事変の最大の功労者として、この地をはじめ6箇所の荘園を賜ることになったのです!」
「6箇所!? その規模の荘園を持つのは伯爵クラスの大貴族では……」
「いかにも。最大面積のこの地の名を取り、ベールーズ伯爵の称号も内定しております」
「ここの伯爵位を?」
ヴリソンは戸惑う。
「しかし、大尉は外国人のはず。いくら功労者といえ、それほどの褒賞が与えられるとは……」
「……ここだけの話ですぞ」
使者は少し声をひそめた。
「おそらくダ・フォーリス大尉はさらに出世されると思います」
「と、いいますと?」
「ヴィスタネージュではもはや公然の秘密となっているのですが、彼は陛下の恋人となられました」
「恋人!?」
「今後、あのお方が功績を上げられればさらなる褒賞が。そればかりか、陛下の配偶者となられる可能性すらある」
「つまり……大尉がこの帝国の共同統治者ということに?」
「あくまで、可能性の話です。しかし、もしそうなればお世継ぎが生まれれば、国父となられる可能性やもしれません」
「……」
ヴリソン代官は沈黙した。女帝も、ダ・フォーリス大尉も外国人である。その間に子が生まれれば、貴族たちは黙っていない。
ヴリソンの頭の中に天秤が現れる。一方の皿には女帝とダ・フォーリス大尉の名が、そしてもう一方には旧主であるクロイス公爵家の名が載せられた。次期皇帝を約束されているドリーヴ太公は、クロイス公爵家のお方だ。今回の大尉の入封を機に、代官職を辞してクロイス家に戻ると言う選択もある。
しかし、今やクロイス家に来るべき混乱を制するだけの力があるとも思えない……。
「……実は我が家は男爵位を持っていましてな。代々、このベーリーズを治めてきました。クロイス家が入る前より、この城館から見える麦畑と大小4つの村を守り続けてきたのです」
ヴリソンは口を開く。そう、ベーリース代官家はもともとベーリーズ男爵という爵位もちの貴族だったのだ。6代前の先祖が、政争に敗れクロイス家の麾下に入ってから、表立って男爵を名乗ることを控えてきた。
よくある没落貴族の姿。領地に代官として残ることができた分、まだマシと言ったところか。
「存じております。故に、爵位をダ・フォーリス大尉へ譲渡いただく必要がある。私が来た目的は、実はそこなのです」
「でしょうな」
クロイス家に臣従しつつも誇りを失わなかったのは、この爵位があったからこそだ。爵位をたかが外国人軍人に手渡すなど、家門の誇りを捨てるようなものなのだ。交渉は難航する。使者はそう思っているだろう。
「……相応の費用はいただきます」
「なんと。それでは……?」
「先ほども申し上げたとおり、我が家にはこの荘園を守る責務があります。爵位ではそれをなすことができないことは、クロイス家麾下として過ごしてきたこの百数十年でよく知っておりますので」
そう言ってベーリーズ代官ヴリソンは頭を下げた。今年の大凶作は数年に渡り影響を与えることはほぼ確実だ。となれば中央の混乱は、このベーリーズにとっても忌むべきものになる。ならばせめて勝ち馬に乗らなくては。
「我が家は、此度の事変の勝者であるダ・フォーリス大尉に全てを賭けることとします」
* * *
先日、帝室に献上されたばかりのこの荘園である。この地を治める城館に、帝都から1人の使者が訪れていた。
「なんと。ではこの城と荘園はダ・フォーリス大尉に与えられると?」
ベールーズ代官であるヴリソンは、使者の言葉に目を丸くした。
「ですが、ダ・フォーリス大尉は死亡されたのでは? 少なくともここに入ってきた情報では、そのように……」
「それは事変を伝える第一報でありましょう。大尉は命からがら窮地を脱し、3日後に陛下に拝謁されました。そして、此度の事変の最大の功労者として、この地をはじめ6箇所の荘園を賜ることになったのです!」
「6箇所!? その規模の荘園を持つのは伯爵クラスの大貴族では……」
「いかにも。最大面積のこの地の名を取り、ベールーズ伯爵の称号も内定しております」
「ここの伯爵位を?」
ヴリソンは戸惑う。
「しかし、大尉は外国人のはず。いくら功労者といえ、それほどの褒賞が与えられるとは……」
「……ここだけの話ですぞ」
使者は少し声をひそめた。
「おそらくダ・フォーリス大尉はさらに出世されると思います」
「と、いいますと?」
「ヴィスタネージュではもはや公然の秘密となっているのですが、彼は陛下の恋人となられました」
「恋人!?」
「今後、あのお方が功績を上げられればさらなる褒賞が。そればかりか、陛下の配偶者となられる可能性すらある」
「つまり……大尉がこの帝国の共同統治者ということに?」
「あくまで、可能性の話です。しかし、もしそうなればお世継ぎが生まれれば、国父となられる可能性やもしれません」
「……」
ヴリソン代官は沈黙した。女帝も、ダ・フォーリス大尉も外国人である。その間に子が生まれれば、貴族たちは黙っていない。
ヴリソンの頭の中に天秤が現れる。一方の皿には女帝とダ・フォーリス大尉の名が、そしてもう一方には旧主であるクロイス公爵家の名が載せられた。次期皇帝を約束されているドリーヴ太公は、クロイス公爵家のお方だ。今回の大尉の入封を機に、代官職を辞してクロイス家に戻ると言う選択もある。
しかし、今やクロイス家に来るべき混乱を制するだけの力があるとも思えない……。
「……実は我が家は男爵位を持っていましてな。代々、このベーリーズを治めてきました。クロイス家が入る前より、この城館から見える麦畑と大小4つの村を守り続けてきたのです」
ヴリソンは口を開く。そう、ベーリース代官家はもともとベーリーズ男爵という爵位もちの貴族だったのだ。6代前の先祖が、政争に敗れクロイス家の麾下に入ってから、表立って男爵を名乗ることを控えてきた。
よくある没落貴族の姿。領地に代官として残ることができた分、まだマシと言ったところか。
「存じております。故に、爵位をダ・フォーリス大尉へ譲渡いただく必要がある。私が来た目的は、実はそこなのです」
「でしょうな」
クロイス家に臣従しつつも誇りを失わなかったのは、この爵位があったからこそだ。爵位をたかが外国人軍人に手渡すなど、家門の誇りを捨てるようなものなのだ。交渉は難航する。使者はそう思っているだろう。
「……相応の費用はいただきます」
「なんと。それでは……?」
「先ほども申し上げたとおり、我が家にはこの荘園を守る責務があります。爵位ではそれをなすことができないことは、クロイス家麾下として過ごしてきたこの百数十年でよく知っておりますので」
そう言ってベーリーズ代官ヴリソンは頭を下げた。今年の大凶作は数年に渡り影響を与えることはほぼ確実だ。となれば中央の混乱は、このベーリーズにとっても忌むべきものになる。ならばせめて勝ち馬に乗らなくては。
「我が家は、此度の事変の勝者であるダ・フォーリス大尉に全てを賭けることとします」
* * *