10日後、リアン大公から手紙が届いた。
 アンナを養子に迎えたいという貴族が見つかったとのことだ。

「思った以上に早かったですね。心当たりがあるとは仰っていましたが」

 ふう、アンナはため息をつき、便箋を机に置いた。

「まさか、それがグレアン伯爵とは……」

 手紙に記されたその名は、アンナと因縁深き人物だった。
 グレアン伯爵リュモン。2年前、エリーナの破滅のきっかけを作った男。高等法院に、フィルヴィーユ派を告発した裏切り者だ。

「伯には一人娘がいたのではないの?」
「1年ほど前に亡くなったそうです。ご病気だったとか」
「病気、ね」

 帝国貴族の病死には2種類ある。本当に病魔に冒されていた場合と、毒殺だ。そして前者も、医師が懸命の治療をしたがその甲斐なく死に至る場合と、何物か指図で医師が意図的に「誤診」する場合に別れる。
 グレアン伯のご令嬢はどうだったのか、アンナは意地の悪い想像をせずにはいられなかった。

「ご縁談は? そのご令嬢にはいい人がいたのではなくて?」
「はい。クロイス公爵の甥にあたる方との縁談が進んでいたはずです」
「ふふっ、やっぱりクロイス公か」

 クロイス公爵は皇帝直轄地を除いた帝国領土の実に5分の1を支配する、帝国最大の権門だ。これ以上の面積の私有地を持つのは、皇弟リアンのマルフィア大公家しかいない。
 そして彼はかつて、フィルヴィーユ派に対抗する守旧派貴族たちの盟主でもあった。

「伯爵もお気の毒ね。せっかく私を売ってクロイス家と繋がりを持つことができたのに、すぐにそれが断たれてしまうなんて」

 2年前、エリーナに高等法院からの出頭命令があった。その時のことを思い出す。

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