「これで私が3連続で勝ち越しだ!」
「くっ……見事でございます」

 ウィダスの脳裏に記憶がよみがえった。場所は……近衛連隊の練兵場だ。
 
 ある男と剣の稽古をしていた。
 2人の実力はほぼ互角、ウィダスが勝った次の試合では相手が勝つ、と言った具合でイタチごっこのようにして切り結んだ回数だけが増えていく。そんな相手だった。
 その日、ウィダスは珍しく3連敗もしていた。2連敗まではお互いありえない話ではなかった。が、3連続で敗れるのはこの時が初めてだったように思う。

「一体どうした? 一瞬だが、お前の意識が明らかに俺以外の方へ向いていたぞ?」
「その隙を逃さないとは、さすがです」
「何を見ていたのだ」

 相手にそう問われ、ウィダスは目線でその理由を教えた。
 それに気づいた男が、背後を振り返る。

「ウィダス、お前……!」

 練兵場の観覧席に、1人の女性の姿があった。試合中、彼女がこの場にやってきたのが目に入ったのだ。手の甲を打たれ、剣を取り落としたのはその数瞬後の事だった。

「まさか、俺に花を持たせようとでも思ったのか?」
「そんなつもりはありませんよ。ただ、相変わらずお美しいと思いまして……」
「ははっ! そうであろう? 幼馴染のお前にも、流石に渡すつもりはないぞ?」
 
 鮮やかな水色のドレスに身を包むその婦人は、つい先ごろこの男の恋人となったのだ。錬金工房の助手として働いている彼女を、この男が見そめたのだ。

「そのような恐れ多いことしませんよ。ただ、聡明さと美しさは両立するのだなと思ったまでです」

 実はウィダスは彼女のことを、その男よりも前から知っていた。錬金工房に入った有能な助手。"百合の帝国"皇統の真の後継者であるウィダスは、錬金工房の動向については人一倍意識していた。錬金術による魔法の復活は、彼の計画の武器にも障壁にもなりうるからだ。
 そして、その有能な美しい助手についても、どうにかして味方に引き込む方法はないかと考えていたのである。

「いずれにしても此度は本当におめでとうございます。しかしながら……皇帝の寵姫ともなれば、宮廷であらぬ敵意を受ける対象ともなりえますので、どうかお気遣いだけは忘れぬよう」
「ああ、無二の腹心の言葉、しかと魂に刻んでおこう。エリーナのことは必ず守るさ」

 言うとその男、皇帝アルディス3世はウィダスに背を向け、フィルヴィーユ公爵夫人エリーナに手を振った。新たな寵姫も、それに気づき微笑みながら手を振りかえす。

 あまりに無防備な背中をを見て、ウィダスはこのまま剣を突き出し100年の怨みを腹してやろうかと考えた。
 が、今はその時ではない。せいぜいその女と残り少ない人生を楽しむがいい、その楽しみが絶頂の時にお前を殺してやる。

 ウィダスはその背中に向かって、そんな無言の呪いをぶつけた。

 彼が、アルディス3世とフィルヴィーユ公爵夫人を謀殺する4年3ヶ月前のことであった。
 
 * * *