同時刻。皇妃の村里へ通じる道で足止めを喰らう一団がいた。顧問アンナが率いる南苑の近衛隊だ。

「ここから先は、我々征竜騎士団がお守りいたします。どうぞ、顧問閣下は本殿に戻られ事態の収拾にご専念ください」

 華やかな軍装に身を包む大男がにべもなく言い放つ。
 アンナは完全に後手に回っていた。皇妃の村落が何者かに襲撃されたばかりか、征竜騎士団の1隊が東苑に入り、賊を制圧してしまったのだ。
 女帝襲撃の可能性に気づいてから、2時間以上かかってしまった。これには理由がある。
 皇族の私的な空間である東苑は、保安上の理由から堀や運河で囲まれ入口が制限されている。表向きには西、南、北のそれぞれのエリアとつながる橋が一本ずつあるだけだ。
 このうち南苑と西苑の橋が、先ほどの爆発の裏で何者かに壊されてしまっていた。エリーナ時代に調査した隠し通路も、女帝の即位に前後して全て塞いでしまっている。
 仕方なくアンナたちは、狩場である北苑の森を抜けて迂回することにした。
 しかし、この森の中に錬金術によるトラップが仕掛けられており、一行は道を大きく外れてしまったのだ。錬金工房から賢者に石に続くあの地下通路に施されていたものと同種のトラップだ。
 結局、アンナが到着した頃には村落は危機を脱しており、近衛隊に手柄を横取りされることを警戒した彼らは、そのまま村落への道を封鎖してしまった。

「陛下は、ご無事なの? 一目でいいからお会いしたいのです!」
「それには及びません。全てが解決した後にご報告を伺う、と陛下は仰せです」
「そう……ですか……」

 自分の失態だ。アンナはそれを痛感している。
 そもそも、女帝は今回の政変に懐疑的だった。両派が手を携えて、というのが彼女の望みであったし、アンナもそれを了承していたのだ。だが度重なる天災がそれを許さなかった。クロイス派を完全に排除せねば政務が滞る。そう判断したアンナは、動かざるを得なかった。
 このことを女帝に完全に納得してもらうだけの時間も用意できず、半ば強制的に皇妃の村落に移って頂いたのだ。その挙句、このような襲撃が起きてしまった。不興を買って当然だと、自分でも思う。

「仕方ないわ。皆さん、西苑に戻りましょう」

 アンナは踵を返し、連れてきた近衛兵たちに言った。
 その時、茂みの陰からマルムゼが出てきた。

「アンナ様!」
「マルムゼ、どこへいってたの?」
「お側を離れ申し訳ありません。実は……」

 マルムゼはアンナに顔を近づけ、そっと耳打ちする。

「血痕を見つけました。親愛帝の別邸(パビリオン)の方角へ続いています」

 * * *