「こんな地下通路が残っていたとは……」

 午前11:25 クロイス公爵は、私兵たちに警護されながら暗い一本道を進んでいた。

「足元悪く、汚らわしき道をお歩かせになることをお許しください」
「かまわぬ。で、これがルコットの館に続いているのだな」
「はい。顧問もこの道は知らないはずです」
「どういうことだ?」

 私兵隊長は説明する。
 かつてフィルヴィーユ公爵夫人が、ヴィスタネージュに無数に残されている地下通路の調査を行ったことがあった。
 この時、当時アルディス3世の密偵を務めていたウィダスが東苑の調査に協力したのだが、隠し通路の全貌を把握することで夫人の力が強くなりすぎるのを恐れた彼は、意図的にこの通路の存在を隠したというのだ。

「詳しい経緯は知りませんが、顧問はフィルヴィーユ夫人の地図を手に入れているようです」
「それでか。我々の取り決めが、あの女に筒抜けになっていることが何度かあった」
「ですが、その地図にこの通路は記されていなません。寵姫のための館は3つありますが、幸いにもルコット様は、この通路と繋がっている館を選んでいただきました」
「それこそまさに、神が我らを見放していないことの証左であろう」

 クロイス公は低く笑った。その声が細い通路に響く。

「それにしても、ウィダスは首尾がよいな」
「閣下がルコット様の護衛をウィダス子爵にお命じになって以来、様々な状況を想定し準備を進めておられました」
「その中には、此度のような変事も含まれていた、ということか」

 この通路に入る直前、南苑で巨大な爆発が起きた。衛兵たちがそれに目を奪われる隙をついて、中に入ったのだ。

「子爵は、戦争大臣時代のツテを通じ、新式の火薬を大量に入手されました。それを密かに南苑の館の地下に……閣下には内密にとのことでしたので今日までお話ししませんでした。お許しを」
「よい。この手のことを儂が前もって知る必要はない。下々が自ら行い、儂は結果だけを受け取る。それで良いのだ」

 そうやってここまできた。後ろ暗い事の責任を背負う事なく、誰かに任せてきたからこそ、クロイス家はここまで大きくなった。

「ウィダスには相応の報いを与えねばな。そうだ、我が孫が帝位に着いた暁には、元帥に任じよう。先帝陛下は、彼を戦争大臣などという不安定な地位につけたが、あの男には元帥こそふさわしい」

 当時ウィダスが元帥になれなかったのは、ウィダスの短剣の紛失という事情があったが、今は違う。マリアン=ルーヌを退位させ、ボールロワから短剣を取り上げれば、彼を元帥につけることに何の支障もない。

「もちろんそれだけでは不十分だ。公爵だ、公爵に取り立ててやる。儂を裏切ったブラーレやエルゼン、フォルメル、ベーステン、それにグリージュス! 彼奴等の所領を没収すれば、新たな爵位に見合う領地も用意できる」

 今朝のわずか数時間の間に、クロイス公はあらゆるものを失った。しかしそれでもなお彼には勝算があった。
 無能な裏切り者の代わりに、極めて有能な味方を得たのだ。ウィダスがいれば、この後起こるであろう内戦に勝つことも難しくはない。
 長年、帝国を牛耳っていた専横者は、今なおもって強気でいた。

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