3週間後。
 その日の早朝、ボールロワ元帥は、大規模演習と称して帝国軍第6軍団1万2000と、近衛師団1万、そして精鋭部隊である征竜騎士団1000名をヴィスタネージュ郊外の平原に展開させる。
 その配置はさながら大宮殿を敵城に見立てた半包囲態勢であった。しかもこの陣形は演習当日になって初めて発表されたものだ。
 元帥からこの布陣を指示された将兵たちから戸惑いの声が上がる。

「閣下。この陣形では、まるで我々が叛ぎゃ……」
「あくまで演習である」

 叛逆。その決定的な一言を第6軍団長が発する前に、ボールロワ元帥は遮るように言った。

「顧問殿の承認を得ているし、陛下のお耳にも入っていることだ。貴官らは何の心配もせずともよい」
「いや、しかし……」
「私からもよろしいでしょうか?」

 戸惑い顔の第6軍団長の横で近衛師団長が手を挙げた。

「我々近衛師団は昨年、白薔薇の間の政変においてヴィスタネージュの皇宮と各省庁を占拠しました。その行動自体にはなんの恐れも抱いておりません」

  彼は、ボールロワ伯爵が師団長だった時に副官を務めていた男だ。自分の上官が、今の情勢下で叛逆を目論むような愚か者ではないことをは知っている。が、それでも納得できないことがあった。
 
「ですが、作戦目標については明確にしていただきたい。これは一体何を想定した演習なのでしょう?」
「そうです、そこです」

 征龍騎士団の隊長も声を上げた。

「昨年のクーデターは皇妃の命令で行われたもので、正当性がございました。此度の演習は、顧問殿の承認を得ていると仰いましたが、それは本当に陛下やこの国のためになることなのでしょうか?」
「無論だ」

 ボールロワは答える。

「此度の延伸の目的は治安維持!何らかの理由でヴィスタネージュが混乱状態にあり、陛下の御身に危機が迫った時のためのものである!」

 3人の軍団長はごくりと唾を飲み込んだ。

「では、この陣形のままヴィスタネージュに入ること想定せよと」
「そうだ。厚遇や省庁には連絡員を配置している。彼らからの報告次第では突入もありうる。……とはいえ、あくまでこれは演習だ。いつでもそうすることができる体勢をとれるようにしておけば良い」

 3人の軍団長はいずれも百戦錬磨の軍人だ。元帥のその一言で全てを察した。
 2万数千の大軍が皇宮を半包囲している事が大事なのだ。それだけで、想定される敵は行動をかなり制限されることになる。
 そしてこのような演習が将兵にすら事前に通達される事なく、行われるということは、()()()()()()なのだろう。

 これは演習であって、演習ではない。

 今日、ヴィスタネージュで何かが起きる。
 女帝陛下の身が危うくなる可能性のある何かが……。