「ダ・フォーリス大尉とポルトレイエ夫人は危険です。陛下のお側から遠ざけるべきかと」

 帝都職人街・新錬金工房。
 錬金術師たちの新たな拠点をおとずれたアンナは、思いもよらぬ提言を思いもよらぬ人物から受けていた。

「ゼーゲン殿、珍しいですね。あなたからそのような話をしてくるなんて」

 "鷲の帝国"皇帝の側近は、これまで決して宮廷や政治の話に首を突っ込んでくることはなかった。あくまでゼフィリアス帝の代理人として、錬金術の共同研究の指揮を取ると言う立場だ。

「お許しを。客分と言う立場からすれば、出過ぎた発言というのは存じております。ですがホムンクルスとして、マリアン=ルーヌ陛下の兄君の代理人として、言わずにはおれませんでした」
「ゼフィリアス陛下の代理人としてはともかく、ホムンクルスというのは?」
「私の異能についてはご存知でしょう?」
「“領域明察"ですね?」

 アンナはその異能の力を、彼女と初めて出会った時に味わっている。
 モン・シュレスのホテルの庭園。誰もいない広大な空間に忍び込んだ時、彼女は即座にそれを察知し、アンナとマルムゼに先制攻撃を加えてきたのだ。

「はい。私を中心とする一定範囲内に、どんな人物がいるかを把握することが出来る力です。感知できる情報は、人数や性別、悪意の有無。そして同族(ホムンクルス)か否か……」

 バルフナー博士によれば、ホムンクルスが持つ異能とは、魔力を利用して人為的に発生させる現象であり、特に人の感覚や精神に作用するものが多いという。彼女の場合、完治した魔力からそれらの情報を読み取る力が備わっていると言う事であろう。

「先日、宮殿の工房へ行った時に、お散歩中の陛下と会ったことがございました。その時、陛下のお側にあの2人がいたのですが……」

 ゼーゲンの顔が曇っていく。
 
「私の異能が、得体の知れないものを2人から感じとったたのです。今まで経験のない、異質な何かを」

 ゼーゲンはが険しい表情で続ける。

「しかも、私はあの2人を調べるつもりなどありませんでした。勝手に異能が発動したのです!」
「なんですって?」

 異能が勝手に発動する? 少なくとも、これまでアンナは自分の力が暴走したことなどない。

「ゼーゲン殿、それはあなたの意思に反して、異能が暴走したと?」
 
 アンナの隣に立つのマルムゼを見ると、彼も怪訝な表情を浮かべている。マルムゼもまた、"認識迷彩"の力が暴走した経験などないはずだ。

「あれはまるで警報……。そう、異能自体が私に対して2人が危険だと伝えているように感じました」
「……」

 アンナは考える。
 女帝が言うには、あのポルトレイエ夫人なる女に対しても「光」を感じたらしい。
 ダ・フォーリス大尉に続き、2人目。魔力を視るという女帝のみが持つ唯一無二の力。それに反応する友人と立て続けに出会えたことに、女帝は非常に喜んでいた。
 だが、アンナの立場からしてみれば複雑である。

 これまでアンナたちホムンクルスと、一部の王族のみが持っていた「光」をどちらでもない者が持っていた。それも連続して2人。とても偶然とは思えない。
 一方で、友人が増えたことを無著に喜ぶ女帝を諌めることも気が引ける。ただでさえ自分は最近、彼女のそばにいる時間が減っている。その隙間を埋め合わせてくれる存在があることは、アンナにとってもありがたいのだ。
 それに……これまで女帝から「唯一の友人」とまで言われていたアンナ本人が、あの2人を排除するような動きを見せれば、それこそ女帝の寵愛を独り占めする身勝手な女だと周りから受け取られかねない。
 迂闊に動くことができないのが、アンナの立場だった。

「ご忠告ありがとうございます、ゼーゲン殿」

 アンナは言う。

「あの2人のことは確かに、全面的に信用するわけにはいかない。けど少し待っていて。今、あの2人については調べさせています」

 あの2人に限らず、真珠の間に出入りする全ての人間の素性を、アンナは調査させている。だが、外国人であるダ・フォーリスと、長らく宮廷から遠ざかっていたポルトレイエ夫人については不明な点が多すぎて、調査が難航しているのが実情だ。

「悠長な……それでもし、陛下の御身に何かあったら……」
「あなたも"鷲の帝国"で宮廷に仕えていたならわかるでしょう? 私の立場ではいたずらに急ぐことはできないの」
「それは、確かに……。ご無礼仕りました」

 ゼーゲンは力無く項垂れるように、アンナに一礼した。