「昼間、君の上司に会ってきたよ」
その日の夜。ヴィスタネージュ宮殿南苑。
グリージュス公爵家居館の寝室に、一組の男女がいた。ちょうど睦み事を終えたばかりのようで、女の方は半裸でぐったりとシーツ上に倒れ込んでいる。男の方は、サイドテーブルに置かれた水を一息に飲んでから、女に向かってそう言った。
「じょう……し……?」
「もちろん我らが顧問殿さ、クラーラ」
「顧問殿にお会いになったのですか!?」
館の主人グリージュス公爵クラーラは、その名を聞いて飛び跳ねるように半身を起こした。
「安心したまえ。もちろん君の話などしていないよ。向こうが知りたがっていたのさ。突如、陛下の前に現れた仮面の男の正体をね」
「……ウィダス様。もうこのような事は辞めましょう。今の私は顧問派の……」
「おっと、今の私はウィダスではない。"白夜の国"から来た軍人、ダ・フォーリスだ」
そう言うと、男の顔面が大きく歪んだ。かつてこの国の戦争大臣として、何枚もの肖像画が描かれた顔が、昼間、アンナが見た凄惨な戦傷へと変貌していく。
「ひっ」
「そんな、怖がらなくてもいいじゃないか。顧問はしっかりと見てくれたよ。この魔法で見せている幻覚の顔をね」
再び男の顔はウィダスのものとなる。
「あなた様はそうやって、アルディス陛下の影武者を作り、ルコット様にも取り入ったのですか……?」
「うむ……? まあ、そういうことになるな。あのデク人形に与えた異能、"認識変換"は、私の魔法をベースとしているからね」
男は、クラーラに彼女の体を抱き寄せる。
「お願いです。あなたを陛下に紹介することで、ルコット様への義理は果たしたはず。もう私を自由にさせてください……」
「ずいぶん勝手なことを言うじゃないか、ついさっきまで二人で燃え上がったというのに」
「それは、あなたが無理矢理……」
抗弁しようとするクラーラの唇を男の唇が塞ぐ。それで、彼女は抵抗する意欲を削がれ、ぐったりと力を抜いてしまった。
「人を暴漢のように言うのはいささか心外だな。俺は君に無理強いなどした覚えはないし、そもそも最初に誘ってきたのは君ではなかったか?」
「……」
「俺の言うとおりにすれば、今以上の立場を約束する。最初にそう言ったではないか? マリアン=ルーヌを正妃に、そして君を寵姫に、と考えていたがその逆でもいい。真の"百合の血筋"による帝国繁栄に礎となってもらいたいのだよ」
「……そのような調子のいいことを。私だってわかっています、そんな約束が何の意味も持たないことぐらい」
「ならば、今すぐグレアン家に駆け込めばいい。俺は女帝をたぶらかし、帝座を奪おうとする大悪人だ。今すぐ顧問のために正義を遂行したまえ」
「……」
クラーラは何も言えずにいる。
「それが出来ないのは、あの女が憎いからであろう? そして、大貴族が宮廷を支配していた、あの女が現れる前の宮廷が懐かしいからであろう? ならばもう少し、俺に従っているといい。悪いようにはしないさ」
ウィダスであり、ダ・フォーリスであり、そして"百合の帝国"の正統なる後継者である男は、そう言うと口元を大きく歪めて笑みを作った。
その日の夜。ヴィスタネージュ宮殿南苑。
グリージュス公爵家居館の寝室に、一組の男女がいた。ちょうど睦み事を終えたばかりのようで、女の方は半裸でぐったりとシーツ上に倒れ込んでいる。男の方は、サイドテーブルに置かれた水を一息に飲んでから、女に向かってそう言った。
「じょう……し……?」
「もちろん我らが顧問殿さ、クラーラ」
「顧問殿にお会いになったのですか!?」
館の主人グリージュス公爵クラーラは、その名を聞いて飛び跳ねるように半身を起こした。
「安心したまえ。もちろん君の話などしていないよ。向こうが知りたがっていたのさ。突如、陛下の前に現れた仮面の男の正体をね」
「……ウィダス様。もうこのような事は辞めましょう。今の私は顧問派の……」
「おっと、今の私はウィダスではない。"白夜の国"から来た軍人、ダ・フォーリスだ」
そう言うと、男の顔面が大きく歪んだ。かつてこの国の戦争大臣として、何枚もの肖像画が描かれた顔が、昼間、アンナが見た凄惨な戦傷へと変貌していく。
「ひっ」
「そんな、怖がらなくてもいいじゃないか。顧問はしっかりと見てくれたよ。この魔法で見せている幻覚の顔をね」
再び男の顔はウィダスのものとなる。
「あなた様はそうやって、アルディス陛下の影武者を作り、ルコット様にも取り入ったのですか……?」
「うむ……? まあ、そういうことになるな。あのデク人形に与えた異能、"認識変換"は、私の魔法をベースとしているからね」
男は、クラーラに彼女の体を抱き寄せる。
「お願いです。あなたを陛下に紹介することで、ルコット様への義理は果たしたはず。もう私を自由にさせてください……」
「ずいぶん勝手なことを言うじゃないか、ついさっきまで二人で燃え上がったというのに」
「それは、あなたが無理矢理……」
抗弁しようとするクラーラの唇を男の唇が塞ぐ。それで、彼女は抵抗する意欲を削がれ、ぐったりと力を抜いてしまった。
「人を暴漢のように言うのはいささか心外だな。俺は君に無理強いなどした覚えはないし、そもそも最初に誘ってきたのは君ではなかったか?」
「……」
「俺の言うとおりにすれば、今以上の立場を約束する。最初にそう言ったではないか? マリアン=ルーヌを正妃に、そして君を寵姫に、と考えていたがその逆でもいい。真の"百合の血筋"による帝国繁栄に礎となってもらいたいのだよ」
「……そのような調子のいいことを。私だってわかっています、そんな約束が何の意味も持たないことぐらい」
「ならば、今すぐグレアン家に駆け込めばいい。俺は女帝をたぶらかし、帝座を奪おうとする大悪人だ。今すぐ顧問のために正義を遂行したまえ」
「……」
クラーラは何も言えずにいる。
「それが出来ないのは、あの女が憎いからであろう? そして、大貴族が宮廷を支配していた、あの女が現れる前の宮廷が懐かしいからであろう? ならばもう少し、俺に従っているといい。悪いようにはしないさ」
ウィダスであり、ダ・フォーリスであり、そして"百合の帝国"の正統なる後継者である男は、そう言うと口元を大きく歪めて笑みを作った。