「顧問殿! 顧問殿! やはり間違ない! 私の思った通りです!!」

 興奮の塊みたいな気配が柊の間に近づいてくる。
 アンナはまたか、と眉間に手を当てながらため息をついた。声の主は"鷲の帝国"の錬金術師シュルイーズだ。

 アンナは異邦からやってきた2人の錬金術師に宮殿内に自由に出入りできる許可を与えていた。錬金工房の拠点が大庭園にあるためであり、職人街に新工房が建つまでの措置だったのだが、これが評判が悪い。

 このように、鼻息の荒い外国人が宮廷のマナーも守らずにうろつきまわっているのだから無理もない。しきたりにうるさい守旧派はもちろん、ある程度寛容な顧問派の貴族たちからも、やんわりと嫌味を言われる始末だ。

「顧問殿ー!!」
 
 ドアをノックし、侍従を仲介して名乗りと入室の許可を得る、という宮廷のエチケットを全て無視して、シュルイーズが室内に転がり込んできた。
 
「聞こえています。廊下では静かにと申し上げたはずです、シュルイーズ博士」
「あ、いや……これは失礼」

 ようやく我に帰ったように、シュルイーズは居住まいを正した。
 最初に会った時は、もっと知的な印象のある青年だったのだが……。アンナの気心が知れたせいなのか、近頃は無垢で陽気で、はた迷惑な本性を全開にしている。
 なるほど、バルフナー博士の推薦があっても宮廷錬金術師になれないわけだ、と得心する。

「それで、何がわかったのですか?」
「バティス・スコターディ城です! やっぱりバティス・スコターディ城だったんですよ!!」

 シュルイーズの言動のもう一つの特徴として、過程の説明などを全て吹っ飛ばすところがある。
 話が早いのは、聡明さの証である。アンナも普通なら好ましいと思うところなのだが、彼の場合は必要な過程まで飛ばしているからこちらが戸惑ってしまう。
 アンナは過去の彼との会話を思い返し、シュルイーズの言わんとする事の推察を試みた。

「ええと……つまり、あの地下道のこと?」
「そうその通り! 話が早いのは、聡明さの証です。その意味では顧問殿との会話は苦痛がなくて楽ですな」

 臆面もなく、こう言う事を言うのだからアンナは苦笑を禁じ得ない。
 しかし……地下道の話で、その地名が出てきたとなると笑ってばかりもいられない。

「賢者の石の場所が、あの城だと……?」
「はい。私の推測通りです! まさか座標の特定にこれほど時間がかるとは思いませんでしたが……」

 シュルイーズやバルフナーが職人街の工房跡地から地下道に入るのは、確か今日で15回目のはずだ。
 アンナも同行した1回目で、シュルイーズは足枷のような形状の測距儀を用いた。歩幅から、正確な距離を測る機械だ。
 地上に出た後、すぐに場所を割り出しを行ったのだが、記録が示したのは何の変哲もない民家だった。一応、人を派遣し家の中も調べさせたのだが、地下室も隠し通路も見つからなかった。
 どうやら魔力の流れを利用した仕掛けにより、方位磁針にも微妙なズレか生じていたようで、改めて調査が必要ということになった。
 それから2ヶ月。2人の錬金術師は何度も地下に潜り、少しずつ候補地の場所を狭めていった。そして今日、ついに割り出しに成功したのだという。
 そしてそれは、あのバティス・スコターディ城だったというわけだ。

「確かに黄金帝絡みの場所としては、最もありある場所よね」
「はい。しかしだからこそ予断は禁物! 私とバルフナー博士は、絶対にそこだという確証を得ることが出来なかったのです!」
「それで……間違いないのね?」
「はい! 苦節2ヶ月……! ついにやりました!! それにしても驚きです。二つ目の仕掛けの後に、一直線の狭い通路が続くエリアがあったかと思うのですが、実はあそこが湾曲した通路だったのです! 魔力による欺瞞と、巧妙な錯視効果で直線通路だと思わされる……。まさしく芸術的としか評しようがない工作です……っ!」

 滔々と語り始めるシュルイーズ。これが始まるといつまでも話が終わらないことは、過去の接見で学習している。
 アンナは、彼を無視してマルムゼの意見を伺った。

「どう思う、マルムゼ?」
「両博士が間違いないと言っているのであれば、それは信用していいかと。そして、ラルガ侯爵が法務大臣になったのは良いタイミングでしたな」
「まったくね」

 バティス・スコターディ城は帝室所有の監獄という微妙な立ち位置の施設だ。しかし最近になって急に、高等法院が自分たちに管理させろと主張してきていた。
 ベレス伯爵の一件がその理由である。あの時アンナは、彼をあの古い要塞に幽閉していたのだが、どうやらそれがクロイス公爵の耳に入ったらしい。
 そして顧問派が好き放題に使うのを止めるために、高等法院を動かしたという次第だ。

「帝室か高等法院か、どちらの管轄とするかはまだ決まっていませんが、そんな中で調査を始めようものなら、必ず揉め事になります」
「そうね。だからラルガ侯爵を通して、法務省には私たちに味方をしてもらわないと……マルムゼ、馬車の用意を!」

 善は急げ、だ。アンナはすぐにでも法務省へ向かうつもりだった。

「しかし……よろしいのですか?」

 マルムゼが気まずそうに応える。

「今日は宮廷で、女帝陛下主催の舞踏会があるのでは……」
「ああ、そうだったわね……」

 女帝主催の催しの取り仕切りはアンナの重大な仕事だ。顧問という職務が、皇妃家政機関総監から発展したものと考えると、むしろこれこそが本来の仕事と言っていい。

「……いいわ。今回はグリージュスに任せます」
「宮廷女官長にですか? しかし……」

 マルムゼの言わんとしていることはわかっている。アンナは先日も女帝の名の下に開催された音楽会を欠席した。"獅子の王国"大使が、とある侯爵と揉め事を起こし、その仲介に立つためである。
 その侯爵は元軍人で、"獅子の王国"にいまだに敵意を持つ人物だったものだから、下手すれば外交問題となる。故に、女帝の代理人としてアンナが動く必要があったのだ。

「仕方ないわ。明日の朝は、陛下と朝食を共にする約束をしている。そこで弁解します」
「わかりました……。では、直ちにグリージュス公に使者を送ります」
「ええ、そうしてちょうだい。細かな差配については彼女と共有しているから、問題ないはずよ」

 元々、舞踏会や晩餐会といった貴族の催しはグリージュス公の方が知識も経験も豊富だ。彼女に任せてしまって方がうまくいくことも多いだろう。

「シュルイーズ博士、あなたも法務省に同行してください」
「……という次第で、あのエリアの魔力は磁気に作用し……って、え、法務省? ラルガ公爵のところですか?」

 学術的な考察を楽しそうに語っていたシュルイーズは、アンナの言葉で我に返る。そしてげんなりとした表情を見せた。

「その、私あの人とはあまり相性が……」
「あなたがいなければ説明できないでしょう」

 生真面目で剛直なラルガ侯爵と、天衣無縫なシュルイーズ博士。まぁ、相性は良くないだろう。もしかしたらラルガの"鷲の帝国"への赴任中に、2人の間に何かあったのかもしれない。
 が、そんな所に配慮してるような状況でもない。アンナはマルムゼに目で合図する。

「いいから一緒に来てください!」

 アンナが言うと同時に、マルムゼの両腕がシュルイーズの肩をがっしりとつかんだ。

「そんなご無体な!」

 シュルイーズの抗弁を無視し、マルムゼは彼の体を抱え上げると、馬車を待機させるポーチへと向かっていった。