ケントの先導で、人ごみをかき分けて、一向はだだっ広い更地にたどり着いた。
「これより先、私のような一般人は立ち入りを許されておりませんので……」
「ありがとうございます、ケント殿。ここまでで大丈夫ですよ」
錬金工房の地下は、"皇帝の小麦"事件依頼、今も立ち入り禁止なのだ。ここからはアンナたちのみで地下道の入り口を進んでいくことになる。
「依頼されたものは用意しています。従来品よりも輝度を向上させているので、暗闇で活躍するでしょう」
ケントは別れ際に、革のバンドを5本、アンナに手渡した。バンドにはそれぞれ、握り拳大のカットされた鉱石が取り付けられている。
「ありがとうございます」
携帯用の、夜灯石ランプだ。
錬金術の成果であるこの石は、日中に光を貯め、夜間に発光する性質を持つ。まだガス灯の安全性に課題が残っていた頃、常夜灯に使うために開発されたためこの名がつけられた。
思った以上の輝度を得ることができず、採用は見送られたが、火気を使わないため使い勝手がいい。バンドで頭や胸に固定させても、髪や衣服が燃えるようなことはない。そのため、安全な携帯式照明器具として、主に軍隊や夜景などが愛用している。
「では、参りましょう」
マルムゼを先頭に、アンナと"鷲の帝国"の客人3人は地下へと進んでいった。
この地には、錬金術の到達点のひとつである「賢者の石」の生成施設が眠っている。
膨大なエネルギーを内に秘めているされる鉱物であり、それがあれば、あらゆる錬金術の研究が飛躍的に前進すると言われる。
それだけではない。そのエネルギーを直接的に使用すれば、帝都から永遠に夜を追放できるし、国中に鉄道網を走らせることができる。砲弾に加工すれば一発で会戦を終結させられる大量破壊兵器にもなりうる。
そんな究極の物質を、かつてアンナはこの地下で発見した。しかし、当時の彼女には手に余るものと判断し、マルムゼに命じて石のありかを隠蔽したのである。
「これは……」
久しぶりにこの地を訪れたアンナだったが、地下の様子は一変していた。堆く積み上げられていた木箱の類は全て消え、床が溜まっていた埃も綺麗さっぱりと掃き清められている。
本当に何もない、空虚な空間がただ広がっているのみである。
"皇帝の小麦"事件以来、この敷地の帝都防衛総監が管理していた。ラルガ侯爵がこの職務に就いていたときは、活発な操作が行われており、先代グリージュス公たちが行ってきた「余罪」の追及が進められていた。
しかし、侯爵が"鷲の帝国"の大使となり、後任にクロイス派の貴族が赴任すると、証拠の隠滅を図ったのである。
床に落ちた麦の一粒でも証拠になると思ったのだろう。数年間使われていない地下空間とは思えないほど、綺麗な状態だった。
「この空間の奥に、工房再興の鍵を握るものがあるというのですか?」
「はい……」
バルフナー博士の問いの答えながらも、アンナは少し不安になる。これだけ完璧に全てが消えているとなると、賢者の石の隠し場所も見つかっているのではないかと。
実際に隠蔽を行ったマルムゼの顔を見る。無言で頷く彼の瞳には、少しだけ不安の色が混じっていた。
(いえ、大丈夫よ。もしクロイス派やサン・ジェルマンが賢者の石を見つけ出していれば、私なんてとっくに潰されている)
今自分がこの地にいることこそが、まだ石が誰の手にも渡っていない証だ。そういう理屈で不安を打ち消すと、アンナは足を踏み出した。
「ご案内します。ついてきて下さい」
* * *
「これより先、私のような一般人は立ち入りを許されておりませんので……」
「ありがとうございます、ケント殿。ここまでで大丈夫ですよ」
錬金工房の地下は、"皇帝の小麦"事件依頼、今も立ち入り禁止なのだ。ここからはアンナたちのみで地下道の入り口を進んでいくことになる。
「依頼されたものは用意しています。従来品よりも輝度を向上させているので、暗闇で活躍するでしょう」
ケントは別れ際に、革のバンドを5本、アンナに手渡した。バンドにはそれぞれ、握り拳大のカットされた鉱石が取り付けられている。
「ありがとうございます」
携帯用の、夜灯石ランプだ。
錬金術の成果であるこの石は、日中に光を貯め、夜間に発光する性質を持つ。まだガス灯の安全性に課題が残っていた頃、常夜灯に使うために開発されたためこの名がつけられた。
思った以上の輝度を得ることができず、採用は見送られたが、火気を使わないため使い勝手がいい。バンドで頭や胸に固定させても、髪や衣服が燃えるようなことはない。そのため、安全な携帯式照明器具として、主に軍隊や夜景などが愛用している。
「では、参りましょう」
マルムゼを先頭に、アンナと"鷲の帝国"の客人3人は地下へと進んでいった。
この地には、錬金術の到達点のひとつである「賢者の石」の生成施設が眠っている。
膨大なエネルギーを内に秘めているされる鉱物であり、それがあれば、あらゆる錬金術の研究が飛躍的に前進すると言われる。
それだけではない。そのエネルギーを直接的に使用すれば、帝都から永遠に夜を追放できるし、国中に鉄道網を走らせることができる。砲弾に加工すれば一発で会戦を終結させられる大量破壊兵器にもなりうる。
そんな究極の物質を、かつてアンナはこの地下で発見した。しかし、当時の彼女には手に余るものと判断し、マルムゼに命じて石のありかを隠蔽したのである。
「これは……」
久しぶりにこの地を訪れたアンナだったが、地下の様子は一変していた。堆く積み上げられていた木箱の類は全て消え、床が溜まっていた埃も綺麗さっぱりと掃き清められている。
本当に何もない、空虚な空間がただ広がっているのみである。
"皇帝の小麦"事件以来、この敷地の帝都防衛総監が管理していた。ラルガ侯爵がこの職務に就いていたときは、活発な操作が行われており、先代グリージュス公たちが行ってきた「余罪」の追及が進められていた。
しかし、侯爵が"鷲の帝国"の大使となり、後任にクロイス派の貴族が赴任すると、証拠の隠滅を図ったのである。
床に落ちた麦の一粒でも証拠になると思ったのだろう。数年間使われていない地下空間とは思えないほど、綺麗な状態だった。
「この空間の奥に、工房再興の鍵を握るものがあるというのですか?」
「はい……」
バルフナー博士の問いの答えながらも、アンナは少し不安になる。これだけ完璧に全てが消えているとなると、賢者の石の隠し場所も見つかっているのではないかと。
実際に隠蔽を行ったマルムゼの顔を見る。無言で頷く彼の瞳には、少しだけ不安の色が混じっていた。
(いえ、大丈夫よ。もしクロイス派やサン・ジェルマンが賢者の石を見つけ出していれば、私なんてとっくに潰されている)
今自分がこの地にいることこそが、まだ石が誰の手にも渡っていない証だ。そういう理屈で不安を打ち消すと、アンナは足を踏み出した。
「ご案内します。ついてきて下さい」
* * *