「……以上が、昨年我が国に起きたことと、私が知った事実です」
ヴィスタネージュから帝都職人街へと向かう場所の中で、アンナは"鷲の帝国"のホムンクルスと錬金術師たちに、ひと通りのことを伝えた。
偽帝マルムゼ=アルディスの暴走と死、それを予見していたかのような皇妃マリアン=ルーヌの迅速な行動。
配下の離反も気にせぬ、クロイス伯のなりふり構わぬ離反。そのきっかけとなったベレス伯爵の失言。
そのベレス伯爵とペティア夫人の繋がり。
そして何より、黄金帝の時代より続いていたこの国の偽りの歴史……。
いずれも他国の人間に決して知られてはならない最重要機密だ。しかし、アンナはそれを隠すことも偽ることもせず、できる限り正確に伝えた。
そうでなければ、共に錬金工房を再建することなどできないからだ。
これらの情報をゼフィリアス2世が知れば、"百合の帝国"を滅ぼすことの出来る最悪のカードにだってなりうる。
しかし、ゼーゲンにもゼフィリアスにもそんな意思はない。国を司る者としては危険な賭けだが、アンナは彼らを信じることにした。
「……にわかには信じられな話ばかりです」
しばらくの沈黙の後、ゼーゲンは絞るように言葉を発した。笑顔など滅多に見せることのない女性だが、アンナの話を聞いた今、いっそう険しい顔つきになっている。
「まさかマリアン様にそのようなお力が……」
やはり"鷲の帝国"の人間としては、マリアン=ルーヌの変化が何よりも気にかかる様子だった。
「バルフナー博士、シュルイーズ博士、どう思いますか?」
ゼーゲンは馬車に同乗する2人の錬金術師に尋ねる。
「……私は"鷲の帝国"の皇族がかつて持っていた魔法を研究しています」
まず、バルフナーが口を開く。"鷲の帝国"の宮廷錬金術師を務める50歳前後の女性だ。かつては"百合の帝国"の錬金工房とも盛んに研究成果を交換していたため、エリーナ時代に何度もその名を聞いていた。
「我が国の開祖、討竜公ルーダフは千里眼の持ち主だったと言われています」
「はい。その伝説は我が国の人間もよく知っております」
ルーダフの千里眼は全てを見抜く。竜の軍勢の動きの全てを把握し、勇者リュディスはこの戦友を誰よりも頼みとした。
"百合の帝国"の建国伝説にもそう残されている。
「討竜公は我々の地に国を興す際、肥沃な土地や鉱山の位置もつぶさに言い当て、それが帝国繁栄の礎となったそうです。私はそれを、魔力の流れを正確に知ることができる力だったのではないかと推測しています」
「魔力の?」
「はい。魔力は、魔法時代の勇者たちのみが持つ力と思われてきましたが、森羅万象あらゆるものに本来備わっているものとする考えが主流となってきています。魔法とは、その力を一時的に借りる技術に他なりません」
「なるほど……では、今の貴族たちが魔法を使えないのは……」
「はい。魔力を感じ、利用する力が劣化しているためです。そして我らが主君の血筋は、極めて正確にあらゆる魔力を見極めることができる力の持ち主だった」
「ということは、マリアン=ルーヌ陛下が目覚めた力というのは……」
「はい、討竜公より受け継がれてきた能力の一部が目覚めたと考えれび、私の仮説と合致します」
「あの、私からもよろしいでしょうか?」
もう1人の錬金術師、シュルイーズが小さく手を挙げる。今年30歳になったという錬金術師としては若手の男性だ。公的な資格を持たない在野の術師なのだが、常識に縛られない自由な発想で研究を行っており、"百合の帝国"に派遣すべき人材として、バルフナーが推薦したのだという。
「私は、ペティア夫人が話されたという貴国の裏の歴史に違和感を覚えました。黄金帝の地位を奪ったものは魔法を一切使えぬと話されていたのですよね?」
「夫人は確かにそう言ってました」
「では、マリアン=ルーヌ陛下は貴国の皇族方に、その『光』というものを、お感じになられていないのでしょうか?」
「いいえ。実は私も、そこに引っかかっていたのです」
アンナは答えた。そうなのだ。確かに女帝は、現皇族がもつ魔力を知覚している。皇弟リアンが放つ光と、アンナたちホムンクルスが放つ光を見分け、アルディスがホムンクルスだと看破したことがあるのだ。
それはつまり、現皇族が魔法の力を受け継いでいるということになり、ペティアの話と矛盾する。
「だが、今私が説明した通り魔力はあらゆるものに偏在している。それは現皇族でも例外ではない」
バルフナーが言う。
「はい、ですから女帝陛下が見ているのは魔力そのものではないだろうということです」
「む……?」
「私もバルフナー博士と同じく、魔力偏在説を支持しています。ですがその場合、女帝陛下はあらゆるもが放つ魔力を認識できる事になる。それはもはや盲目とはいえないほどはっきりと世界を捉えることになりますが……」
実際に女帝が知覚できるのは一部の力のみであり、私生活での彼女は今も介助を必要としている。
「そうか。陛下がこれまでに感知してきた、ホムンクルスと"百合の帝国"の皇族、それにリュディスの短剣などの魔法遺物……それらの共通点を突き止めれば」
「陛下が見ているものが明らかとなり、それは我が国の皇族に眠る魔法の血の解明となる」
「素晴らしい! 素晴らしいぞシュルイーズくん! やはり君を連れてきて正解だった!!」
バルフナー博士は歓喜の声をあげてシュルイーズの両手を取った。
(ゼーゲン殿は"鷲の帝国"の錬金術は遅れていると言っていたけど……)
二人のやりとりを見ながらアンナは思う。遅れているなどとは、微塵も感じない。
むしろ、貴族の意向により実利のある研究ばかりに資金が投入されてきた"百合の帝国"の錬金工房よりも、基礎理論の研究は先んじているのではないかとすら思う。
そもそも"百合の帝国"では皇族の魔法研究など不敬の極みであり、絶対的なタブーとされていた。今にして思えば、それは彼らが偽りの血族であることが明らかにならないように黄金帝たちが作り出したタブーなのだろう。
それに対して、"鷲の帝国"の学者たちは躊躇なく皇族の持つ力について研究し、このような推論を組み立てている。
国がそれを取り締まることもない。バルフナーはともかく、シュルイーズなどは在野の学者にすぎないのに、だ。
「ゼーゲン殿、あなたの申し出を受けてよかったと改めて思います。この2人が協力をしてくれるなんて、これほど心強いことはありません!」
「こちらこそ、貴国のご内情を包み隠さず話していただけたこと、感謝いたします」
アンナが謝意を述べると、ゼーゲンはそう返してきた。
「貴国の政情を安定させる事は、我が君ゼフィリアスの望みでもあります。その為にも、1日も早く錬金工房を復活させましょう!」
ヴィスタネージュから帝都職人街へと向かう場所の中で、アンナは"鷲の帝国"のホムンクルスと錬金術師たちに、ひと通りのことを伝えた。
偽帝マルムゼ=アルディスの暴走と死、それを予見していたかのような皇妃マリアン=ルーヌの迅速な行動。
配下の離反も気にせぬ、クロイス伯のなりふり構わぬ離反。そのきっかけとなったベレス伯爵の失言。
そのベレス伯爵とペティア夫人の繋がり。
そして何より、黄金帝の時代より続いていたこの国の偽りの歴史……。
いずれも他国の人間に決して知られてはならない最重要機密だ。しかし、アンナはそれを隠すことも偽ることもせず、できる限り正確に伝えた。
そうでなければ、共に錬金工房を再建することなどできないからだ。
これらの情報をゼフィリアス2世が知れば、"百合の帝国"を滅ぼすことの出来る最悪のカードにだってなりうる。
しかし、ゼーゲンにもゼフィリアスにもそんな意思はない。国を司る者としては危険な賭けだが、アンナは彼らを信じることにした。
「……にわかには信じられな話ばかりです」
しばらくの沈黙の後、ゼーゲンは絞るように言葉を発した。笑顔など滅多に見せることのない女性だが、アンナの話を聞いた今、いっそう険しい顔つきになっている。
「まさかマリアン様にそのようなお力が……」
やはり"鷲の帝国"の人間としては、マリアン=ルーヌの変化が何よりも気にかかる様子だった。
「バルフナー博士、シュルイーズ博士、どう思いますか?」
ゼーゲンは馬車に同乗する2人の錬金術師に尋ねる。
「……私は"鷲の帝国"の皇族がかつて持っていた魔法を研究しています」
まず、バルフナーが口を開く。"鷲の帝国"の宮廷錬金術師を務める50歳前後の女性だ。かつては"百合の帝国"の錬金工房とも盛んに研究成果を交換していたため、エリーナ時代に何度もその名を聞いていた。
「我が国の開祖、討竜公ルーダフは千里眼の持ち主だったと言われています」
「はい。その伝説は我が国の人間もよく知っております」
ルーダフの千里眼は全てを見抜く。竜の軍勢の動きの全てを把握し、勇者リュディスはこの戦友を誰よりも頼みとした。
"百合の帝国"の建国伝説にもそう残されている。
「討竜公は我々の地に国を興す際、肥沃な土地や鉱山の位置もつぶさに言い当て、それが帝国繁栄の礎となったそうです。私はそれを、魔力の流れを正確に知ることができる力だったのではないかと推測しています」
「魔力の?」
「はい。魔力は、魔法時代の勇者たちのみが持つ力と思われてきましたが、森羅万象あらゆるものに本来備わっているものとする考えが主流となってきています。魔法とは、その力を一時的に借りる技術に他なりません」
「なるほど……では、今の貴族たちが魔法を使えないのは……」
「はい。魔力を感じ、利用する力が劣化しているためです。そして我らが主君の血筋は、極めて正確にあらゆる魔力を見極めることができる力の持ち主だった」
「ということは、マリアン=ルーヌ陛下が目覚めた力というのは……」
「はい、討竜公より受け継がれてきた能力の一部が目覚めたと考えれび、私の仮説と合致します」
「あの、私からもよろしいでしょうか?」
もう1人の錬金術師、シュルイーズが小さく手を挙げる。今年30歳になったという錬金術師としては若手の男性だ。公的な資格を持たない在野の術師なのだが、常識に縛られない自由な発想で研究を行っており、"百合の帝国"に派遣すべき人材として、バルフナーが推薦したのだという。
「私は、ペティア夫人が話されたという貴国の裏の歴史に違和感を覚えました。黄金帝の地位を奪ったものは魔法を一切使えぬと話されていたのですよね?」
「夫人は確かにそう言ってました」
「では、マリアン=ルーヌ陛下は貴国の皇族方に、その『光』というものを、お感じになられていないのでしょうか?」
「いいえ。実は私も、そこに引っかかっていたのです」
アンナは答えた。そうなのだ。確かに女帝は、現皇族がもつ魔力を知覚している。皇弟リアンが放つ光と、アンナたちホムンクルスが放つ光を見分け、アルディスがホムンクルスだと看破したことがあるのだ。
それはつまり、現皇族が魔法の力を受け継いでいるということになり、ペティアの話と矛盾する。
「だが、今私が説明した通り魔力はあらゆるものに偏在している。それは現皇族でも例外ではない」
バルフナーが言う。
「はい、ですから女帝陛下が見ているのは魔力そのものではないだろうということです」
「む……?」
「私もバルフナー博士と同じく、魔力偏在説を支持しています。ですがその場合、女帝陛下はあらゆるもが放つ魔力を認識できる事になる。それはもはや盲目とはいえないほどはっきりと世界を捉えることになりますが……」
実際に女帝が知覚できるのは一部の力のみであり、私生活での彼女は今も介助を必要としている。
「そうか。陛下がこれまでに感知してきた、ホムンクルスと"百合の帝国"の皇族、それにリュディスの短剣などの魔法遺物……それらの共通点を突き止めれば」
「陛下が見ているものが明らかとなり、それは我が国の皇族に眠る魔法の血の解明となる」
「素晴らしい! 素晴らしいぞシュルイーズくん! やはり君を連れてきて正解だった!!」
バルフナー博士は歓喜の声をあげてシュルイーズの両手を取った。
(ゼーゲン殿は"鷲の帝国"の錬金術は遅れていると言っていたけど……)
二人のやりとりを見ながらアンナは思う。遅れているなどとは、微塵も感じない。
むしろ、貴族の意向により実利のある研究ばかりに資金が投入されてきた"百合の帝国"の錬金工房よりも、基礎理論の研究は先んじているのではないかとすら思う。
そもそも"百合の帝国"では皇族の魔法研究など不敬の極みであり、絶対的なタブーとされていた。今にして思えば、それは彼らが偽りの血族であることが明らかにならないように黄金帝たちが作り出したタブーなのだろう。
それに対して、"鷲の帝国"の学者たちは躊躇なく皇族の持つ力について研究し、このような推論を組み立てている。
国がそれを取り締まることもない。バルフナーはともかく、シュルイーズなどは在野の学者にすぎないのに、だ。
「ゼーゲン殿、あなたの申し出を受けてよかったと改めて思います。この2人が協力をしてくれるなんて、これほど心強いことはありません!」
「こちらこそ、貴国のご内情を包み隠さず話していただけたこと、感謝いたします」
アンナが謝意を述べると、ゼーゲンはそう返してきた。
「貴国の政情を安定させる事は、我が君ゼフィリアスの望みでもあります。その為にも、1日も早く錬金工房を復活させましょう!」