琴ちゃんを遮って聞こえてきたのは、今日最初に聞いた声。
「こ――雪村くん、なに?」
答えたのは琴ちゃんだった。
「……三科に用はない。司、数学の教科担当だろ? 厳島(いつくしま)先生が探してた。手伝ってほしいことがあるって」
「そうなの? じゃあ琴も一緒に――」
「なんか意見聞きたいんだと。飯も持って行った方がいいんじゃないか? あと、三科は呼ばれてない」
あ、そうなんだ。それならお弁当の中身を知られずに済みそう。
先生の用事が終わったら、一人でどっかで食べちゃえばいいよね。
「わかった。すぐ行く。琴ちゃん、凛ちゃん、今日はごめんね」
「ひにふんな(気にすんな)」
既にもぐもぐしながら答えて、喉を鳴らした凛ちゃん。続けて口を開く。
「野郎の教師なら咲雪と二人きりとかにはさせんがな。あ、姐(ねえ)さん先生が女でも油断すんなよ?」
「なんの心配してるの。じゃ、行ってくるね」
開く前だったお弁当の包みを持って立ち上がる。
「数学科準備室でいいのかな?」
「そう聞いてる」
晃くんに確かめてから、校舎内に戻った。
厳島先生は、意志の強い若い美人な先生。
背が高くクールビューティーな先生は、男子からも女子からも人気で姉御的存在として見られている。
凛ちゃんみたいに『姐(ねえ)さん先生』って呼んでる女子もいるくらい。
私はクラスの数学科担当だから、厳島先生の用事を受けることはよくある。
「失礼します。司です――?」
語尾がヘンな感じになってしまった。だって、準備室にはさっき別れたはずの晃くんもいたから。……なんで?
椅子に座ってタイトスカートからのびる綺麗なおみ足を、これまた優美に組んだ厳島先生と、その前に立っている晃くんはだるそうな顔。
「さゆ、バレた」
「へ? ばれた??」
なにが? って、今晃くん、「さゆ」って呼んだ?
厳島先生はゆっくりと腕を組んだ。そして大きく肯きながら続けた。
「いやあ厳島先生びっくりしちゃったよ。毎朝通勤途中に咲雪ちゃんの家の前を車で通るんだけど、今朝は咲雪ちゃん家から雪村くん出てきたからさ」