「え? ああ、琴がやってるのは喧嘩だけだよ。盗みとか脅迫とかはやってないから」
「そっか。ちょっと心配だった……」
いや、喧嘩だけでも駄目だと思うんだけど、それ以外のことまであったら、な……。
「晃くんが琴の心配してくれるの?」
聞こえた琴の声は、不思議そうな響きだった。
「当たり前だ。接点なかったって言っても、クラスメイトだったんだ。幼馴染みたいなもんだろ」
「……おさななじみ?」
「その表現が嫌なら友達でも知り合いでもなんでもいいけど。とにかく、俺は琴の心配はするから、出来たらこれ以上傷を増やさないでほしい。……琴なら、意味、普通の人よりわかってくれると思うけど」
俺が、暴力による怪我に恐怖を覚えていること……。
琴は、少しだけ視線を下げた。
「……うん。ごめん、晃くんに辛い思い、琴がさせちゃったね……」
「いいよ、そういうのはもう大丈夫だから。……水のほかになんかいるか? この辺り詳しくないけど、探せばコンビニはあるだろうから、傷薬とか……」
「あ、ううん。大丈夫。ちょっと喉やられて咳込んでただけだから。――でも、ありがとう、晃くん」
晃くん。
……そう呼ばれるたびに頭を過る姿がある。
「……出来たら呼び捨てにして」
「晃でいいの? わーい。やったね」
琴は、にっと笑っていた。
そのときは連絡先の交換とかは特にしなくて、再会を約束したりもしなかった。
なんでしなかったんだって言われたら、それを思いつかなかったから、と言うしかない。
そして高校の入学式。
無事、さゆと巽と同じ高校に入学した俺は、新入生代表挨拶をすることになった。
壇上から見える景色にさゆがいた。巽もいる。
目立つ容姿の二人を気にする視線も見えた。
そして――約一年半前に逢ったっきりだった、幼馴染の姿も見えた。
ただこいつ、何かを気にしているのか俺の方なんてちっとも見ていなかった。
だから、俺の方から声をかけにいった。
勉強をちっともしていなかったという琴が、進学校のここにいるということは、ヤンキーをすっぱりやめられたのだろうと思って。
「琴」
式を終え、クラスでのホームルームも解散したあと、中庭を一人で歩いていた琴に呼びかけると、化け物でも見るような顔で振り向かれた。