……嫌なことを思い出した。

中学二年の秋だ。

家から通えて特待生度のある高校を探していた俺は、早めに志望校を決めたくて、休みの日にいくつかの高校を勝手に下見していた。

と言っても、高校開催の説明会ではないから、その場所に行って外から見るだけだったけど。

そのうちのひとつ、今在籍する高校とは別の学校を見に行ったときのことだ。

高校の周りも見てみようとふらふらと歩いていると、路地裏からひどく咳込む声が聞こえて来た。

不審に思って、隠れるようにして覗くと……背中を丸め壁に手をついて咳込んでいる金髪の女性がいた。

……やばい感じだろうか。

警察とか救急とかが必要だったらと思って、スマホを片手に取り出して近寄った。

「大丈夫ですか――?」

俺の呼びかけに面をあげた女性の顔は、どこか見覚えのあるものだった。

俺と同年代くらいだろうか……。中学生か高校生あたりに思える。けれど、誰だったかは思い出せない……。

「……水」

「はい?」

「水、か、なんかない? 喉やばいんだ……」

「水? ああ、これでよかったら」

鞄に突っ込んでいた、未開封のミネラルウォーターのペットボトルを差し出す。

女性はよろよろとペットボトルを受け取ると、身体を反転させて背中を壁にあて、水を一気に流し込んだ。

そのまま、ずるずると座り込む。

「……大丈夫ですか? 救急車とか……」

「いらない。ちょっと束になってかかられただけ」

ボトルを口から離した女性は、一転、しっかりした声を発した。

「束?」

「喧嘩。してただけ」

……この真っ昼間から? ヤンキーに時刻は関係ないのだろうか。

……ま、どうでもいいか。通報するような事態じゃなければ、俺はもう行ってもいいかな。

そう思った次の瞬間聞こえて来た一人称に、俺の足は縫い止められた。

「まったく。少し人数増やせば琴に勝てると思ってんのかな。バカみたい。あ、おにーさん、水、ありがと――」

……ん?

「……琴?」