「せやから、妖怪は、そういうもんやねん。いくら座敷わらしや言うても、人ひとり幸せにするんも影からやないとあかんのや。陰日向に支えるんが、わしらの矜持や。にいちゃんも、応援団やったら分かるやろ」
 「俺、応援団じゃないですよ」
 「ここは応援団やいうことにしときや。まあええわ。いくら矜持やいうても、堂々と行動できへんのは辛いもんや。な?応援団やったら分かるやろ?」

 どうしても、俺を応援団にしたいようだ。

 「応援団も、スタンドで堂々と応援していますよ」
 「ええねん、応援団はどうでも。今そんな話してへん」

 無茶苦茶なおっさんだ。
 しかし、このおっさんが真剣だということはなんとなく感じ取った。妖怪を自称している頭のおかしいおっさんではあるが、人の人生を幸せにしたいという想いに嘘偽りはないようだ。しかしなんだか気持ち悪い。

 「妖怪はな、今のご時世、堂々とは生きられへんのや。あんたには分からんやろうけどな。ただでさえ化学や技術や言うて、わしら妖怪のことなんか忘れてしもうてる。わしらは異形のもんや。そんなもんが堂々と出歩いてみい。どうなる?」

 さきほど堂々と「わしな、座敷わらしやねん」などとのたまったのはどの口だ。
 おっさんが、ポツリと言った。

 「にいちゃん、ボクシングの長嶋康介て知らんか」
 「長嶋くんて、ボクシングの長嶋康介なんですか?俺、ファンだったんですよ」

 俺が好きだったボクシング選手だった。彼は昔、OPBF、つまり東洋太平洋チャンピオンだった男だ。

 「ファンだった・・・か。まあええわ。知ってるんやったら話も早いわ」

 おっさんによると、長嶋康介は幼い頃に両親を失い、祖母一人に育てられたらしい。貧しい家庭環境からいじめに遭い、強くなる為にボクシングを始めたのだという。持前のディフェンステクニックと強打を武器にKOの山を築き、デビュー戦から一度もダウンを喫することもなく、OPBF、つまり東洋太平洋のチャンピオンの座についた。
 しかし、世界に最も近い男と期待されて挑んだ世界戦で、彼は全てを失った。最強の座をほしいままにしていたメキシコ人チャンピオンの前に手も足も出ず、三度のダウンを奪われ、七ラウンド終了のゴングと共にセコンドからタオルが投げられた。完敗だった。
 勝負の世界だ。真っ向勝負で負けたのだから、仕方のないことかもしれない。しかし、長嶋を追い詰めたのは敗戦ではなかった。打ちひしがれて帰国した長嶋は、その日のうちに祖母の死を知った。心臓発作だったらしい。
 それでもなんとか再起はしたのだが、どうやら拳を壊してしまっていたらしい。かつてのキレはなく、復帰二戦目で若いフィリピン人ボクサーにKO負けを喫すると、彼の周りからは人がいなくなったのだという。