「でもお客さん、その方の住所を教えて頂かないと、お連れできませんが」
 「住所はちょっと分からんねんけど、大丈夫。ここからやったら場所分かるから、口で言うわ。それでええ?」
 「ええ、問題ないですよ」
 「あと、着いたらちょっとだけ待っててほしいんやけど、そういうのも大丈夫?」
 「そういうのも、大丈夫です」
 「おおきに。おしるこ買うたるわ」

 ちょっと欲しい。

 「まあ、すぐ済むし」

 年越しの挨拶だろうか。いや、このおっさんがそんな律儀なことをするわけがない。出会ってまだ数十分程度しか経っていないが、このおっさんが裏表など全くなさそうで傍若無人な人物であることはよく分かる。
 それでも、客の用事に口出しするのはご法度だし、そもそも俺は他人に興味などない。俺は無言で車を進めた。
 十分ほど進むと、おっさんが言った。

 「ああ、そこ。そのアパート。あの二階の端っこんとこが長嶋君の家」

見ると、そこにはあまりキレイとは言えないアパートが立っている。年の瀬だからだろうか、ほとんどの部屋は明かりがついているが、長嶋くんの部屋の電気は消えている。留守だろうか。それとも、もう寝たのだろうか。

 「おお、おらんな。寝てんのかな。ちょうどええ。入りやすいわ」

 なんと、このおっさんは空き巣だったか。いくら他人に興味がない俺でも、さすがに空き巣の送り迎えをできる程の無関心ではない。それに、知っていて見逃すと警察に捕まりそうな気がする。

 「ちょっとお客さん。それ空き巣じゃないですか」
 「空き巣ちゃうよ、縁起でもない。ちょっと入るだけや。今チャンスやんか」
 「それを空き巣って言うんです。警察呼びますよ」

 暴れられるかと思ったが、おっさんは意外と冷静に答えた。

 「どないな道理で、座敷わらしを警察に突き出すっちゅうねん」
 「不法侵入です。道理じゃなくて法律です」
 「わしが不法侵入やったら、にいちゃんは何やねん」
 「通報者ですよ」

 おっさんは、へへへと笑った。

 「座敷わらしが玄関からこんにちは言うて入っていったら、そら筋通らんやろ」

 他人の家にこっそり入っても歓迎されるのは、サンタクロースくらいのものである。そう言うと、「なんや自分、西洋かぶれか」と言われた。「日本人やったら日本のええとこ、もっとよう見たれや」とのことだ。そして「まあ、あのじいさんも大概日本びいきやけどな」と続けた。どうやらお知り合いのようだ。
 おっさんはドアを開けて降りようとしたので、俺は慌てておっさんのジャケットの裾を引っ張った。おっさんは恨みがましそうな顔で俺を見た。

 「いやほら、わし、座敷わらしやし?家に入り込んでなんぼやし?」

 悪い顔をしている。

 「ダメです」

 するとおっさんはシートに腰を下ろした。

 「頼むわ。行かせてくれや。あと一人、こいつだけは幸せにしなあかんねん。こいつだけは、幸せにならなあかんねん」
 「幸せにしたいなら、せめて不法侵入はやめましょうよ」
 「せやから!」

 おっさんは語気を強めたが、すぐに俯き、呟いた。