「男は人類の宝だからね。女が守るのは当たり前だし、苦労させないようお金を稼ぐ必要があるんだ」

 一昔前の日本と真逆の考え方だ。外で働くのが女で、家に居るのが男。それが当たり前の関係らしい。

 価値観が逆転している。もしかしたら、体質や考え方も地球とは大きく違うのかもしれない。

「随分と、男は楽をさせてもらっているんですね。悩みなんてなさそう」

 母さんが寝る間を惜しんで働いている姿を思い出してしまい、自分だけが楽をしてしまうことに罪悪感を覚えてしまう。

 一方的に守られるんじゃなく、共に支え合う存在でいたいよね。

 この世界の常識に囚われたくないな、なんて思っていた。

「イオディプス君は軽く考えすぎ」

 できの悪い弟に言うような感じで、ヘイリーさんから親しみを感じる声で怒られてしまった。

 顔が近づいてきたので逃げようとしたけど、レベッタさんに抱きしめられているから動けない。

 全力で動こうとしてもびくともしないのだ。身体能力に圧倒的な差を感じてしまい、危機感を覚える。

 俺は生物として、女性に勝てない。

 嫌でもわからされてしまった。

「男性が一人で歩いていたら、女に襲われても文句は言えないんだよ。犯罪に巻き込まれることもあるし、本当に気をつけてね」

 身体の能力で劣る男は、性的に襲われても抵抗はできない。人混みの中にいたらセクハラされるかもだし、もしかしたら男を売買するような組織に誘拐されるかもしれない。そういった危険があると教えてくれたのだ。

 危険な地域に行く女性と考えれば、ヘイリーさんの忠告に納得できる。

「わかりました。決して勝手な行動はしません。約束します」

 知らないことを教えてくれるヘイリーさんや、僕を安全な場所へ案内してくれたレベッタさんなら信用できる。

 外に出るときは必ず声をかけようと思った。

「良い子だね」

 年下扱いは継続されているようで、ヘイリーさんに頭を撫でられてしまった。

 一人っ子だったから、お姉さんができたようで嬉しい。口に出してしまうと恥ずかしいので、自分だけの秘密にしておこう。

「もう一つ、質問があるんです。良いですか?」
「お姉ちゃんに何でも聞きなさい」

 俺の頭の上に顎をのせて、リラックスしているレベッタさんが許可を出してくれた。

 意識しないように頑張っていたけど、そろそろ限界だ。背中に当たっている胸のせいで、ずっと下半身が元気になっているのだ。生殺しである。

 ヘイリーさんは頭を撫でながらチラチラと下の方を見ているし、変態だって軽蔑されたら最悪だ。一緒にいたくないと突き放されたらどうしよう、なんて考えてしまう。

「レベッタの言ったとおりだね。すごく、いい」

 小さく頷いてからヘイリーさんは、俺の頭から手を離した。

 猛獣のような鋭い目をしているのが気になったけど、気のせいだろう。出会ったときから少しきつめな印象があったしね。

「俺が知りたいのはスキルについてです」

 ランクがあることは分かっているが、世間の扱いについては本に残っていなかった。

 SSランクを持つ俺が、他人から見てどのように思われるのか気になっている。

「スキルブースターというのを覚えているんですが、効果については知っています?」
「初めて聞いたなぁ。ヘイリーは?」
「同じく。一般的なスキルではない」

 さすが最高ランクのSSだ。広くは知られてないスキルっぽい。
 
「名前からして効果は何となく分かるけど、お姉さんに教えてくれるかなぁ?」

 遠慮がちに聞いてきたことから、スキルの効果を簡単に教えてはいけないんだろう。

 必要な時に信用できる相手にだけ伝える、テストの点、もしくは学歴みたいな扱いか?

 ランク付けされて、高いほど自慢したいという点では、大きくずれてはないはず。

「もちろんです」

 俺は二人を信用しているし、この世界の常識を知るきっかけにもなるので、包み隠さず伝えると決めていた。

「他人が持っているスキルの能力を上昇させる、という効果があるみたいです」

 空気が張り詰めた気がした。
 おかしなことを言ってしまったのか?

「もしかして、ランクはSかな?」

 怯えながら、と表現するのがぴったりなほどの声で、レベッタさんが質問した。

 やらかしてしまった気がするけど後戻りはできない。諦めて全てを伝えてしまおう。

「違います。SSです」
「「SS!?」」

 二人とも声をそろえて驚いていた。

 最高ランクだと言っても、大げさすぎる反応な気がする。

「ヘイリー。周囲に誰もいないか確認して」
「もちろん」

 剣を持ったヘイリーさんは、家を飛び出してしまった。

 レベッタさんは窓の方をじっと見ていて、外部からの侵入を警戒しているようだ。

「どうしたんですか?」
「どうしたも、こうしたもないよ! 男でSSランクのスキル持ちなんて、人類史に存在しなかった! すごいことなんだからっ! 悪意を持った人に知られたら、絶対に攫われるよ!!」

 レベッタさんは俺の体を前後に揺らしながら、興奮気味に驚愕の事実を教えてくれた。

 まさか世界初の人間になっているとは思わなかったぞ。男というだけで危険な立場にいるのに、さらにSSランクのスキル持ちとなったら、それこそ王侯貴族に狙われても不思議ではない。

 この体の持ち主だった人格が、森の中で過ごしていた理由が少しだけ分かった気がした。

 女性が嫌いという理由の他に、身の危険を感じて隠れていたんだろう。