二人がいなくなったので、私は濡れているローテーブルを見た。

 コップに入れていた果実酒が流れて落ち、床に染みを作っている。あの中には、ドラゴンですら眠らせる効果があると言われている、睡眠薬を入れていたんだけど……。

「レベッタに邪魔をされた」

 理由は分かっている。
 眠らせて監禁させても、イオディプスの心は手に入らないから。

 私は子供さえ作れれば良いけど、レベッタは体と心、全てを求めている。

 どんな方法を使ってきたか分からないけど、レベッタが連れてきた男なんだから、おこぼれをもらう私は文句を言える立場じゃない。判断に従うしかない……なんて言わないからっ!!

 隙があれば男を奪い取る。
 それが女の生き方。
 私にだって夢ぐらいはあるのだから。

「早く子供が欲しい」

 でも、じっくりと時間をかけるわけにはいかない。

 もう私は二十五で若くないし、男とヤって子供を作るチャンスは、これが最後になるはず。他の方法で子供は作りたくないから、絶対に逃がさない。どんな方法を使っても。

 無意識のうちに、ギュッと手を握っていた。

「どうすれば監禁できるかな」

 もしランクの高いスキルを持っていたら、貴族に奪われてしまう。逆に低くても、皆の共有財産にさせられる可能性もある。

 そんなことは絶対にさせない。家から出られないようにしなきゃ。

「素直にお願いすれば、納得してくれるかもよ」

 リビングに戻ってきたレベッタが、ドアを閉めながら言った。

 丁度いいタイミングだ。話しながら作戦を練り直そう。

「かもじゃ、ダメ。笑顔のかわいい彼を手放したくはない」
「それは分かるよ。私だって、イオディプス君を他の女に渡すつもりはないんだから」

 いつもはヘラヘラと笑っているレベッタが、眉をキリッとさせて真剣な顔になった。

 幼い頃からずっと付き合っている私にはわかる。

 本気で惚れたんだと。

 私だって気持ちは負けていない。あの笑顔を手に入れる為であれば、何だってしてやる。

「でも睡眠薬はだめ」
「やっぱり気づいてたんだね」
「当然でしょ。親友なんだから」

 お互いを知り尽くしているから何を求め、どう動くのか分かっている。

 私が珍しく率先して、飲み物を用意するために動き出したときから、気づいていたんだろうな。

「嫌われるようなこと、したくないの」
「わかってるって」

 だって、心まで欲しいもんね。

「分かった。私は勝手に動かない。レベッタに任せるよ」
「ありがと」

 ただし、失敗したときは私の自由にさせてもらうからね。

 四肢を切断して逃げられないようにしてやる。私は心なんて曖昧なものではなく、子供という絶対的な存在を求めているのだから。

 薄暗い気持ちを隠すべく、ずっと気になっていたことを質問する。

「それより、あの子、どこで見つけたの?」
「外の草原」
「は? そんなとこに、一人で?」
「うん。本を読んでたよ」

 いやいやいや、あり得ないでしょ!

 レベッタはついに幻覚を……って違うか。実際に連れてきたのだから、本当なのかもしれないと思い直す。

 少女が妄想するような妄想、妄言と否定してはいけない。

「近くに護衛の女すらいなかったの?」
「声をかける前に調べたけど、イオディプス君は一人だけだった」

 男が草原に一人でいた、か。窓から外を見たけど、いつもと変わらない光景だ。罠の可能性は高いけど、今のところパーティハウス周辺に異常はなさそう。

「町に入ってから追っ手がいないか警戒していたけど、誰もいなかったから大丈夫だよ」

 レベッタが言うなら事実なんだろうな。

 本当に信じられない出来事だけど、男が草原に落ちていたみたい。

「もしかして女が見放すほど、性格が悪いとか?」

 一般的に男は暴力的で、女を道具のように扱うが、誰かが必ず側にいる。

 それなのに一人だということは、普通よりも暴力的なのか、それとも何かが破綻している可能性もあるんじゃないかって感じ始めていた。

「そんなことないよ。イオディプス君はね。凄く優しいんだ」

 目からハイライトが消えている。息が荒くなっているし、ちょっと興奮しているみたい。

「レベッタ?」
「だからね。大事にしてあげたいな、って思うんだ」

 名前を呼んでも反応はない。長い付き合いだけど、こんな姿を見るのは初めて。私が何を言っても聞いてくれそうにない。

 イオディプスと出会って半日も経ってないのに、完全に魅了されてしまっている。

 私だって同じ状況だから、おかしいとは思わないけどね。

「具体的に何をするつもりなの?」

 着替えが終わったら、一般的な常識について聞いてくるのは間違いない。

 知識を付ければ、自分には大いなる価値があると気づくはず。

 そうなったら私たちの所にとどまる理由はなくなる。金や権力をも求めて、他の女を求めて家を出て行く。そこで私たちはお別れだ。

 あなたなら、その運命を変えられるとでも言うの?

「ここにいてって、お願いするだけっっ!」

 雰囲気に飲まれて、この子がバカだったの忘れてた。そうだよね。そうなるよね。

 心根が真っ直ぐで、私と違って搦め手なんて使えない。

「嫌といわれたら?」
「泣いてお願いする!」
「それでもダメだったら?」
「裸になって押し倒すっ!!」

 手をグッと握って、宣言するようなことじゃないでしょ。

「女と違って男は性欲が薄いの忘れた? 裸で迫ったら気持ち悪いと言って、逃げられて終わり」

 異性の裸がご褒美なんて、女にしか通じない話だ。無理やり関係を迫って男が女嫌いになることも珍しくないんだし、レベッタはもう少し落ち着きなさいよ。

 まだ、睡眠薬を使った私の方がまともな思考をしている。

「ちっ、ちっ、ちっ。ヘイリーは甘いね! 観察力が足りなすぎる!」
「どういうこと?」
「イオディプス君は私の胸をずっと見てたんだ。しかもたまーに、股の部分が膨らんでいたとこも確認しているよ」
「それ、本当なの?」
「嘘ではない。絶対にそうだったっ!」

 力強い言葉に、レベッタを信じても良いと思ってしまった。

 ずっと異常なことが起こり続けてきたんだ。

 性格が良く、女の影がない、性欲の強い男。

 そんな女の夢が詰まった都合の良い存在がいても不思議ではない、と。

「わかった。私も一緒にお願いしてあげる」

 監禁だって最良の方法とは言えないのだ。私はレベッタの考えに賛同することにした。