止血のためとはいえ、布を腕にきつく巻かれているので痛みは激しい。はず、だったのだが、時間が経つにつれて薄れてくる。今では、ほとんど感じないほどだ。
矢を射られた腕はちゃんと動くので、麻痺したわけではなさそう。いったい何がおこったんだ。
「ポーションの効果が出てきたみたいだね」
包帯を巻き終わったレベッタさんは、俺の口についていた布を取ってくれた。
息苦しさからと痛みから解放されて力が抜けてしまった。
「ポーションですか?」
「傷を治す速度を速め、病気を予防。さらに痛み止めまである万能の液体だよ」
さすが異世界。なんでもありだな。即効性を除けば完璧な薬じゃないか。一家に数本は欲しいアイテムだ。
「もう大丈夫か?」
感心しているとアグラエルさんが声をかけてきた。
「はい。問題ありません。それよりもヘイリーさんたちの援護をしないと」
俺が倒れたときには、まだメスゴブリンは残っていた。
会話している時間があるなら助けに行くべき……って、なぜか戦っていたはずのヘイリーさんに抱きしめられてしまった。
少し離れた場所では、こちらに向かって走っているメヌさんの元気な姿が見えた。
「大丈夫?」
「それは俺のセリフです。ケガはしていませんか?」
「もちろん。イオ君を狙うクソどもは、一匹残らず殺した」
種族は違うのに俺を狙っていたのか……。この世界は男というだけで色んな生物から狙われるんだな。これからも気をつけないとは思ったが、まあ、何にせよメスゴブリンを討伐できたのだ。生き残れたのだ。
初めての依頼にしては大変だったけど、そのぶん充実感がある。
「では依頼は完了ですね。帰ります――」
身の毛のよだつという感覚を初めて覚え、口が止まってしまった。
巨大なメスゴブリンが立っていたのだ。先ほど戦っていたメスゴブリンと見た目は同じなのだが、サイズは三倍近くある。筋肉は発達して盛り上がっているようだ。大きな両手剣を片手で軽々と扱っているように見えた。
さらに悪いことは続く。取り巻きだと思われる通常のメスゴブリンが数十匹も出現したのだ。しかも全員、目が血走っている。俺を指さし、涎を垂らしていた。
「あれはゴブリンクイーンだな。ということは、集落の完全移動じゃないか……ツイてない」
レベッタさんは危機を感じているのか、余裕はなさそうだ。
でかいメスゴブリンはクイーンという種類らしい。完全移動というのは初めて聞くが、言葉からして全員が男を求めて移住する行為なんだろうと思う。
「アグラエルはスキル使える?」
「ごめん。ちょっとムリだ。もう少し休まないと」
彼女は洞窟を出るときに大規模なスキルを使い、さらにメスゴブリンとの戦闘でも休むことなく氷の魔法を使い続けたのだ。肉体と精神が疲れ、動けなくなっても不思議ではない。現に顔色はすごく悪い。
「ヘイリーとメヌは?」
「時間稼ぎは出来る」
「私も」
ということは、時間稼ぎ以上のことはできないと思って良いだろう。アグラエルさんほどではないが、ヘイリーさんたちもスキルを連続使用して疲れているはず。限界が近いのだ。
レベッタさんはまだ戦えそうだが、矢がほとんど残っていない。クイーンどころか取り巻きのメスゴブリンを全滅させることすら出来ないだろう。
スキルブースターだって万能じゃない。戦ってくれる女性が動けないのであれば、無価値である。
戦えば敗北は避けられない。
「逃げましょう」
死ぬのが分かっているのであれば撤退して、村で迎撃すればいいだけだ。疲れさえとれれば俺たちだけでも勝てるはずだから。
「その案は採用」
「じゃあ、すぐに行動を!」
抱きついたままだったヘイリーさんの手を取って走り出そうとする。だが、動けなかった。彼女の足が止まったままなのだ。
「逃げるのはイオ君だけ」
この意見はみんなの総意のようで、誰も反対しない。
覚悟を決めた目をしていた。
「どうしてッ!」
「イオ君、それはね。逃げ切れないからだよ」
レベッタさんが聞き分けのない弟を優しくなだめるように言いながら、メスゴブリンの集団を指さした。
クイーンを中心にゆっくりと俺たちに近づいている。
ん? 最前列にいるゴブリンは何かに乗っているな。距離が離れているので見えにくいので、目を細める。
「オオカミに乗ってる?」
「一般的にはメスゴブリンライダーと呼ばれているヤツらだね。馬と同じぐらいの速さで移動できるんだよ」
疲れているアグラエルさんや足の短いメヌさんが真っ先に捕まってしまうだろう。
人の足じゃ勝てない。
だからせめて俺だけでも逃がそうとしたのか。
まったく。四人ともお人好しだな。こんな時までも俺を優先して考えてくれる。
「俺に住む場所を与えてくれた恩人を見捨てることなんて出来ません」
性別とスキルを明かせば、レベッタさんたちと出会わなくても生活には困らなかっただろうが、そう思えるのこの世界の知識がしっかりと入った今だから言えるだけ。
目覚めたばかりの不安だったときに声をかけてもらい、手助けしてもらった恩を忘れて良い理由にはならないのだ。
「最後まで一緒に戦いましょう。絶対、みんな生き残るんです!」
助けたい、その強い気持ちに呼応してくれたのか、全身から力があふれ出ているように感じる。今ならわかる。俺はスキルブースターの一部しか使えてなかったことを。
もう負けることはない。本来の力を発揮させようじゃないかッ!
矢を射られた腕はちゃんと動くので、麻痺したわけではなさそう。いったい何がおこったんだ。
「ポーションの効果が出てきたみたいだね」
包帯を巻き終わったレベッタさんは、俺の口についていた布を取ってくれた。
息苦しさからと痛みから解放されて力が抜けてしまった。
「ポーションですか?」
「傷を治す速度を速め、病気を予防。さらに痛み止めまである万能の液体だよ」
さすが異世界。なんでもありだな。即効性を除けば完璧な薬じゃないか。一家に数本は欲しいアイテムだ。
「もう大丈夫か?」
感心しているとアグラエルさんが声をかけてきた。
「はい。問題ありません。それよりもヘイリーさんたちの援護をしないと」
俺が倒れたときには、まだメスゴブリンは残っていた。
会話している時間があるなら助けに行くべき……って、なぜか戦っていたはずのヘイリーさんに抱きしめられてしまった。
少し離れた場所では、こちらに向かって走っているメヌさんの元気な姿が見えた。
「大丈夫?」
「それは俺のセリフです。ケガはしていませんか?」
「もちろん。イオ君を狙うクソどもは、一匹残らず殺した」
種族は違うのに俺を狙っていたのか……。この世界は男というだけで色んな生物から狙われるんだな。これからも気をつけないとは思ったが、まあ、何にせよメスゴブリンを討伐できたのだ。生き残れたのだ。
初めての依頼にしては大変だったけど、そのぶん充実感がある。
「では依頼は完了ですね。帰ります――」
身の毛のよだつという感覚を初めて覚え、口が止まってしまった。
巨大なメスゴブリンが立っていたのだ。先ほど戦っていたメスゴブリンと見た目は同じなのだが、サイズは三倍近くある。筋肉は発達して盛り上がっているようだ。大きな両手剣を片手で軽々と扱っているように見えた。
さらに悪いことは続く。取り巻きだと思われる通常のメスゴブリンが数十匹も出現したのだ。しかも全員、目が血走っている。俺を指さし、涎を垂らしていた。
「あれはゴブリンクイーンだな。ということは、集落の完全移動じゃないか……ツイてない」
レベッタさんは危機を感じているのか、余裕はなさそうだ。
でかいメスゴブリンはクイーンという種類らしい。完全移動というのは初めて聞くが、言葉からして全員が男を求めて移住する行為なんだろうと思う。
「アグラエルはスキル使える?」
「ごめん。ちょっとムリだ。もう少し休まないと」
彼女は洞窟を出るときに大規模なスキルを使い、さらにメスゴブリンとの戦闘でも休むことなく氷の魔法を使い続けたのだ。肉体と精神が疲れ、動けなくなっても不思議ではない。現に顔色はすごく悪い。
「ヘイリーとメヌは?」
「時間稼ぎは出来る」
「私も」
ということは、時間稼ぎ以上のことはできないと思って良いだろう。アグラエルさんほどではないが、ヘイリーさんたちもスキルを連続使用して疲れているはず。限界が近いのだ。
レベッタさんはまだ戦えそうだが、矢がほとんど残っていない。クイーンどころか取り巻きのメスゴブリンを全滅させることすら出来ないだろう。
スキルブースターだって万能じゃない。戦ってくれる女性が動けないのであれば、無価値である。
戦えば敗北は避けられない。
「逃げましょう」
死ぬのが分かっているのであれば撤退して、村で迎撃すればいいだけだ。疲れさえとれれば俺たちだけでも勝てるはずだから。
「その案は採用」
「じゃあ、すぐに行動を!」
抱きついたままだったヘイリーさんの手を取って走り出そうとする。だが、動けなかった。彼女の足が止まったままなのだ。
「逃げるのはイオ君だけ」
この意見はみんなの総意のようで、誰も反対しない。
覚悟を決めた目をしていた。
「どうしてッ!」
「イオ君、それはね。逃げ切れないからだよ」
レベッタさんが聞き分けのない弟を優しくなだめるように言いながら、メスゴブリンの集団を指さした。
クイーンを中心にゆっくりと俺たちに近づいている。
ん? 最前列にいるゴブリンは何かに乗っているな。距離が離れているので見えにくいので、目を細める。
「オオカミに乗ってる?」
「一般的にはメスゴブリンライダーと呼ばれているヤツらだね。馬と同じぐらいの速さで移動できるんだよ」
疲れているアグラエルさんや足の短いメヌさんが真っ先に捕まってしまうだろう。
人の足じゃ勝てない。
だからせめて俺だけでも逃がそうとしたのか。
まったく。四人ともお人好しだな。こんな時までも俺を優先して考えてくれる。
「俺に住む場所を与えてくれた恩人を見捨てることなんて出来ません」
性別とスキルを明かせば、レベッタさんたちと出会わなくても生活には困らなかっただろうが、そう思えるのこの世界の知識がしっかりと入った今だから言えるだけ。
目覚めたばかりの不安だったときに声をかけてもらい、手助けしてもらった恩を忘れて良い理由にはならないのだ。
「最後まで一緒に戦いましょう。絶対、みんな生き残るんです!」
助けたい、その強い気持ちに呼応してくれたのか、全身から力があふれ出ているように感じる。今ならわかる。俺はスキルブースターの一部しか使えてなかったことを。
もう負けることはない。本来の力を発揮させようじゃないかッ!