スカーテ王女との会談をした翌日。家の周囲は大きく変わっていた。
なんと昨日のうちに住民の入れ替えが終わっていたみたいで、王女の護衛をしていた女性――ルアンナさんの他、平民に偽装した騎士が何人も住んでいる。
みんな真面目なようで、引っ越しの挨拶をしてくれた。名前や年齢、趣味まで教えてくれたから、初対面とは思えないほど仲良くなった気がする。俺じゃない男が暴れたときは必ず助けてもらおう。きっと俺に有利な判断をしてくれるはず。
国家権力が味方になったんだから、骨の髄までしゃぶり、甘え尽くさないともったいないからな。
* * *
「今日はどこに行くーー?」
朝のランニングを終えて部屋で着替えていると、レベッタさんがドアを勢いよく開いて入ってきた。
目をキラキラとさせて俺を見ている。後ろからヘイリーさんがこっそりと覗いていることにも気づいているぞ。
ズボンをはいていて良かった。パンツ一枚だったら襲われていたかもしれない。
「観光ができるのは嬉しいんですが、お二人は仕事をしなくていいんですか?」
話ながら慌ててチェニックを着る。これで大丈夫だ。
上半身だけだが裸を見られていた時間は少なかったはず。もう、怪しい光を放つ目でみられることはないぞ。
「貯金があるから心配しなくても大丈夫だよっ!」
指でわっかを作りながら自信満々に言われてしまった。レベッタさんは考えが雑だからなぁ。特にお金については信用に欠ける。
どうなの? と無言のメッセージを送りながら、後ろにいるヘリイーさんを見た。
「私たちお金持ち」
そういえば、あの男が二人は有名な冒険者と言ってたのを思いだした。本当にお金は持っているんだろう。二人を信用しても良さそうだ。
「でしたら今日はお言葉に甘えたいと思います。冒険者ギルドに行きませんか?」
好奇心を満たすためでもあるが、なにより二人の職場なのだから、どんな場所なのか知っておきたいのだ。ついでに冒険者登録ができたら一緒に活動できるかもしれない。
スキルブースターさえ使わなければ、スカーテ王女からもらったマジックアイテムで周囲はごまかせるから心配はいらない。
「あんな危ないとこ、行くのやめようよー」
職場を見られるのが恥ずかしいのだろうか。悩んでいるようだ。
仕方がない。とっておきの技を使おう。
レベッタさんの前に立つと手を組んで上目遣いをする。
「どうしても行ってみたいんです。ダメですか?」
「うーーん。そこまで言うなら……」
喜んで即答すると思ったのだが、渋々許可を出した感じだった。
朝、変な物を食べてしまったのだろうか。元気のないレベッタさんを見ると心配になってしまう。
「でも心配だなぁ。あそこは獣の集まりだから、可愛いイオ君はすぐ食べられちゃいそうで……」
野蛮な女性が集まっているから心配してくれていたのか。道具屋で襲われたこともあるので的外れな考えではない。むしろ現実的と言っても良いだろう。
しかし、俺にはスカーテ王女からもらった秘密兵器があるのだ。
「マジックアイテムで変装すれば問題ないですよ」
黒いチョーカーを首に巻いてから、左の小指にはめた指輪をこする。イメージしたのはこの前と同じく例のアイドルだ。
すぐに効果を発したらしく、二人は口をぽかんと開けて動きを止めていた。
「俺も女性に見えますよね?」
「女が好きな女の格好だ。これはこれでマズイかも!?」
「これはそそる……」
思っていたのと違う反応をされてしまい戸惑っている。
女性に変身したのに何で狙われる危険を感じなきゃいけないんだよッ!
「背が低く、かわいい系の顔立ち。髪はキラキラと輝いていて人の目を引きつける。こんな子を野獣の巣窟には連れて行けないよっ!!」
冒険者たちが野蛮から野獣にグレードアップしたな。レベッタさんの興奮具合から、本当に襲われる危険を感じる。この姿はダメだな。別の人にしよう。
目を閉じ、指輪を撫でながら別の女性をイメージしようとするが、誰も思い浮かばない。クソ親父のせいでまともに学校に行けなかったから、知り合いが少ないのだ。
記憶を掘り起こしてなんとか一人の女性を脳内に思い描く。
「今度は黒髪の優しそうな女性になったね」
「これなら大丈夫」
ゆっくりと目を開いて窓ガラスを見る。
綺麗だが、どこか幸薄そうな顔をしていた。夢に出てくることもある見慣れた女性の姿である。
命を捨ててでも助けたかった人物で、俺の母だ。
地球に戻って再会するのではく母親の姿になるとは思わなかったな。厳密には幻を見せているだけなので、体が変わったわけじゃないが。
「これなら冒険者になっても安心だね。イオ君の希望通りギルドに行こうか」
「いいんですか?」
「この姿なら大丈夫。せっかくだから冒険者登録までしちゃおう。新しい身分証明書があれば、ずーーーっと一緒に居られるね!」
何の変哲もない普通の言葉だったのだが、レベッタさんが言うとすごく重く感じた。
俺も冒険者登録したかったから異論はないのだが、本能が危険だと感じている。道具屋で襲ってきた人たちとある種同じ雰囲気を出しているからだ。
「逃げたらダメ、だから」
気づかない間にヘイリーさんが抱き付いていた。接触が多いのはいつも通りなんだが、今日は蛇に絡みつかれたように感じる。
「冒険者になろうね」
「なろうね」
こういうときだけ息がぴったりだ。
二人の不安定な目を見ていると、このまま一緒に居ても良いのかと疑問に思ってしまう。俺は選択を間違っていなかったのだろうか。
今は誰かに、この疑問を肯定してもらいたい気分であった。
なんと昨日のうちに住民の入れ替えが終わっていたみたいで、王女の護衛をしていた女性――ルアンナさんの他、平民に偽装した騎士が何人も住んでいる。
みんな真面目なようで、引っ越しの挨拶をしてくれた。名前や年齢、趣味まで教えてくれたから、初対面とは思えないほど仲良くなった気がする。俺じゃない男が暴れたときは必ず助けてもらおう。きっと俺に有利な判断をしてくれるはず。
国家権力が味方になったんだから、骨の髄までしゃぶり、甘え尽くさないともったいないからな。
* * *
「今日はどこに行くーー?」
朝のランニングを終えて部屋で着替えていると、レベッタさんがドアを勢いよく開いて入ってきた。
目をキラキラとさせて俺を見ている。後ろからヘイリーさんがこっそりと覗いていることにも気づいているぞ。
ズボンをはいていて良かった。パンツ一枚だったら襲われていたかもしれない。
「観光ができるのは嬉しいんですが、お二人は仕事をしなくていいんですか?」
話ながら慌ててチェニックを着る。これで大丈夫だ。
上半身だけだが裸を見られていた時間は少なかったはず。もう、怪しい光を放つ目でみられることはないぞ。
「貯金があるから心配しなくても大丈夫だよっ!」
指でわっかを作りながら自信満々に言われてしまった。レベッタさんは考えが雑だからなぁ。特にお金については信用に欠ける。
どうなの? と無言のメッセージを送りながら、後ろにいるヘリイーさんを見た。
「私たちお金持ち」
そういえば、あの男が二人は有名な冒険者と言ってたのを思いだした。本当にお金は持っているんだろう。二人を信用しても良さそうだ。
「でしたら今日はお言葉に甘えたいと思います。冒険者ギルドに行きませんか?」
好奇心を満たすためでもあるが、なにより二人の職場なのだから、どんな場所なのか知っておきたいのだ。ついでに冒険者登録ができたら一緒に活動できるかもしれない。
スキルブースターさえ使わなければ、スカーテ王女からもらったマジックアイテムで周囲はごまかせるから心配はいらない。
「あんな危ないとこ、行くのやめようよー」
職場を見られるのが恥ずかしいのだろうか。悩んでいるようだ。
仕方がない。とっておきの技を使おう。
レベッタさんの前に立つと手を組んで上目遣いをする。
「どうしても行ってみたいんです。ダメですか?」
「うーーん。そこまで言うなら……」
喜んで即答すると思ったのだが、渋々許可を出した感じだった。
朝、変な物を食べてしまったのだろうか。元気のないレベッタさんを見ると心配になってしまう。
「でも心配だなぁ。あそこは獣の集まりだから、可愛いイオ君はすぐ食べられちゃいそうで……」
野蛮な女性が集まっているから心配してくれていたのか。道具屋で襲われたこともあるので的外れな考えではない。むしろ現実的と言っても良いだろう。
しかし、俺にはスカーテ王女からもらった秘密兵器があるのだ。
「マジックアイテムで変装すれば問題ないですよ」
黒いチョーカーを首に巻いてから、左の小指にはめた指輪をこする。イメージしたのはこの前と同じく例のアイドルだ。
すぐに効果を発したらしく、二人は口をぽかんと開けて動きを止めていた。
「俺も女性に見えますよね?」
「女が好きな女の格好だ。これはこれでマズイかも!?」
「これはそそる……」
思っていたのと違う反応をされてしまい戸惑っている。
女性に変身したのに何で狙われる危険を感じなきゃいけないんだよッ!
「背が低く、かわいい系の顔立ち。髪はキラキラと輝いていて人の目を引きつける。こんな子を野獣の巣窟には連れて行けないよっ!!」
冒険者たちが野蛮から野獣にグレードアップしたな。レベッタさんの興奮具合から、本当に襲われる危険を感じる。この姿はダメだな。別の人にしよう。
目を閉じ、指輪を撫でながら別の女性をイメージしようとするが、誰も思い浮かばない。クソ親父のせいでまともに学校に行けなかったから、知り合いが少ないのだ。
記憶を掘り起こしてなんとか一人の女性を脳内に思い描く。
「今度は黒髪の優しそうな女性になったね」
「これなら大丈夫」
ゆっくりと目を開いて窓ガラスを見る。
綺麗だが、どこか幸薄そうな顔をしていた。夢に出てくることもある見慣れた女性の姿である。
命を捨ててでも助けたかった人物で、俺の母だ。
地球に戻って再会するのではく母親の姿になるとは思わなかったな。厳密には幻を見せているだけなので、体が変わったわけじゃないが。
「これなら冒険者になっても安心だね。イオ君の希望通りギルドに行こうか」
「いいんですか?」
「この姿なら大丈夫。せっかくだから冒険者登録までしちゃおう。新しい身分証明書があれば、ずーーーっと一緒に居られるね!」
何の変哲もない普通の言葉だったのだが、レベッタさんが言うとすごく重く感じた。
俺も冒険者登録したかったから異論はないのだが、本能が危険だと感じている。道具屋で襲ってきた人たちとある種同じ雰囲気を出しているからだ。
「逃げたらダメ、だから」
気づかない間にヘイリーさんが抱き付いていた。接触が多いのはいつも通りなんだが、今日は蛇に絡みつかれたように感じる。
「冒険者になろうね」
「なろうね」
こういうときだけ息がぴったりだ。
二人の不安定な目を見ていると、このまま一緒に居ても良いのかと疑問に思ってしまう。俺は選択を間違っていなかったのだろうか。
今は誰かに、この疑問を肯定してもらいたい気分であった。