「ヘイリー! ずるいっっ!!」

 テレシアさんと争っていたレベッタさんが、テーブルを叩きながら立ち上がった。

 射殺すような目で、フォークをくわえたままのヘイリーさんを見ている。

「勝利」

 人差し指と中指だけを立てて自慢げな顔をしていた。この世界にもピースってあるんだなんて感心していると、テレシアさんが静かに口を開く。

「いつも、そんなことをしているのか?」

 静かに食事をしないから、マナーがなってないと注意するのだろう。さすがテレシアさんだ。見た目通り真面目な性格をしている。

「羨ましい?」
「…………あぁ」

 あれ? なんで羨ましいに肯定したんだ? 注意しないの?

「正直言うとズルい。私にも分けてくれ」
「断る」

 今度はテレシアさんとヘイリーさんが睨み合うことに。

 一触即発とは今の状況を言うのだろう。バチバチと火花が散っているような幻覚を見た。

 ちょっとしたきっかけで暴れ出してしまいそうだ。俺は平和な食事を望んでいるだけなのに、どうしてこうなった。何とかして二人の争いを止めなければ。

「今は食事中ですよ! 楽しく食べましょう!」

 二人は反応しない。俺の声は届いていないようだ。テレシアさんはテーブルに置いたナイフを掴んでいるし、ヘイリーさんは腰に付けている大ぶりのナイフを触っていた。

 状況が悪化しているじゃないかッッ!!

 血まみれの食事会なんてしたくないぞッ!!

 もうこうなったら手段は選んでいられない。俺も派手に動くぞ。

 テーブルを思いっきり殴った。食器からガシャンと音が出る。

 スープがこぼれてしまったから後で拭こう。

「いいかげんにしてください!」

 流石に俺の存在を思い出してくれたようだ。

 二人から剣呑な雰囲気は霧散している。

「怒ったの?」

 怯えた顔をしたヘイリーさんは俺の服を掴んでいる。目は潤んでいて眉は下がっていた。この場面だけを見たら、俺が悪者だと断言されるだろう見た目である。

「すまない。少し調子に乗っていたようだ」

 いつのまにか立ち上がっていたテレシアさんは、頭を深く下げていた。確かに怒ってはいたが、そんな大げさな謝罪は求めていない。「ごめんなさい」と言ってくれれば良かっただけなのに。

 なんだか悪いことをしてしまった気がしてきた。

「気に入らなかったら私の首を斬ってくれてもかまわない」
「それは俺が困るからやめてくださいッ!」

 テレシアさん! 考えがおかしいって!

 なんでちょっと注意したぐらいで首を斬らなきゃいけないんだッ!

 俺は戦国時代の武将じゃないんだから首なんて欲しくない!!

「もう怒ってませんから頭を上げてください」
「罰はないのか?」
「そんなもん、ないですよ。俺は皆と楽しく食事をしたいだけですから」

 話ながらヘイリーさんの手を触って、俺の服から離す。

「ね。一緒に楽しくご飯を食べましょう」
「ありがとう」

 なんと抱きしめられてしまった。俺は幸せで良いのだが、テレシアさんは笑顔のまま眉だけをピクピクさせている。

 ヘイリーさんが、可愛い舌を小さく出しているような……。

 いやいや、気のせいだ。これ以上の問題は抱えきれない。気のせいと言うことにしておこう! 

 俺は先ほどの光景を記憶から抹消した。

「さ、座りましょうか」

 何事もなかったかのように言うと、今度こそ二人は素直に従ってくれた。

 やっと食事が再開できる。

「イオ君を賭けて飲み比べだっっ!!」

 ドンとテーブルに酒の入った樽が三個置かれた。片手で持てるほどので、ジョッキより二回り大きいぐらいのサイズだ。

 レベッタさんが大人しいなと思っていたら、酒を探しにいっていたのか。

 どうやら普通の食事ができないことが確定してしまったようだ。

「具体的には?」
「最後まで意識を保っていたヤツがイオ君の隣に座って、食事のお世話をする権利。どうだっ!」
「断る。メリットがない」
「イオ君にヘイリーの痴態を包み隠さず伝えるよ? それでも断る?」
「……その賭けのった」

 痴態ってなんだよ! 気になるじゃないか!

「二人とも待ちなさい。イオディプス君は、静かな食事をお望みのようだぞ」

 テレシアさんは少し勘違いしているようだ。食事中にケンカされるのが嫌なだけであって、楽しく騒ぐぐらいなら許容範囲。むしろ好きと言ってもいいだろう。一応、誤解は解いておこうか。

「楽しくお酒を飲むぐらいなら大丈夫ですよ」

 俺が問題ないとわかるとテレシアさんは笑顔になった。
 ちょっと凶暴そうな感じが素敵である。

「それなら私も勝負を受けよう」
「よしきたっ!」

 樽の蓋を開けると三人の席に置かれる。

「勝負開始!」

 樽に口を付けて飲み始めた。ゴクゴクと音を立てながら一気飲みしている。

 なんて豪快な勝負だ。

 最初に飲み終わったのはヘイリーさんで、残りの二人は同着だ。レベッタさんは床に置いていた樽をテーブルに置く。

「まだまだあるからっ!!」

 また三人とも飲み始めた。顔色は変わっていない。二本目もすぐに飲み干してしまった。

 酒が強い。これは長引きそうだな。

 勝負がいつ終わるかわからないので、一人で食事を進める。

 その間も飲み比べは続行していて、何故か服を脱いで下着姿になってしまった。目のやり場に困るのだが……。三人は酒を飲みながら俺の下半身を見ようとするし、危機感を覚える。

 急いで食べたんだが、彼女たちは樽を五個空にしていた。

 さすがに酔いが回ってきたのか、三人とも呂律が怪しい。

「イオきゅんはねぇ……かわゆい」
「わきゃる」
「しぎょとやめて、きょこにしゅみこもうかんにゃ」

 仲良く会話していて、何を賭けていたなんて覚えてなさそうだ。しかし俺の下半身を見る目だけは異常だ。正直ちょっと怖い。

 出会ったばかりの人たちと、そういう関係になるつもりはないので、さっさとこの場から離れよう。

 キッチンで食器を手で皿を洗ってから二階に上がろうとして、足を止めた。

 三人を見る。

 樽を口に付けながら、楽しそうに笑い、酒を飲み続けている。

 酔っ払いは暴力を振るうイメージしかなかったが、本来は今のように楽しむための道具なんだろう。

 彼女たちみたいにクソ親父も酒癖が良ければ、母さんを殴らず幸せに過ごせていたのだろうか。そんな無意味な想像をしてしまった。