「これで話は終わりだ」

 テレシアさんはスタスタと部屋の中を歩くと、料理の置かれたダイニングテーブルに近づく。

 何をするつもりなんだろうと様子をうかがっていると、空いている席に座った。しかもそこそは俺の場所だ。

「さ、一緒に食事をしよう」

 ナチュラルに言ってるけど、ここテレシアさんの家じゃないぞ?

 来客の予定なんてなかったので、四人で食べるには少し足りない。家に帰ってくれないかな。

「アナタのご飯はありませんーーーーっ!」

 駆け寄ったレベッタさんが追い出そうとするが、テレシアさんは動かない。テーブルにしがみついている。

「お前たちズルいぞ! 私もイオディプス君と一緒にご飯を食べるんだ!」
「ダメ」

 ヘイリーさんも参加して、いっきに騒がしくなった。

 ダイニングテーブルがガタガタと揺れて、スープがお椀からこぼれ落ちた。皿が端に移動しているし、早く止めなければ。

 さっきまで真面目な会話をしていたのになぁ……。

「三人とも落ち着いて!」

 興奮しているのか俺の声は届かなかった。

 お互いの髪を引っ張り合い、手で頬をつまんで罵り合っている。

「釈放した恩を忘れたのか!?」
「それとこれとは関係ありませんーーっ!」
「約束はどうした、約束は!」
「努力はした。努力は」
「ヘイリー! お前、そんな態度で許されると思っているのか!」

 挑発に乗せられてしまったテレシアさんが拳を振り上げる。これ以上はマズイ。

「ケンカはダメ! 手を出さないでッ!」

 三人が同時に俺を見た。

 髪は乱れてヒドイ顔をしている。

 黙ったままじっと見つめられてしまって居心地が悪い。

「みんな、仲良くしよう」

 衛兵隊長をしているテレシアさんには、暴力事件を起こした二人を釈放してくれた恩がある。これからスカーテ王女と対決しなければいけないし、仲間内で争っている時間なんてないのだ。

「お腹が減っているなら何か作ります。だから落ち着いてください。約束ですからね!」

 三人が同時に首をカクカクと振ったのを確認してから台所に移動する。

 火は落としてしまったので焼くような料理はできそうにないな。

 干し肉をまな板にのせると包丁でスライス。作業が終わると野菜籠からレタスっぽい葉を数枚手に取る。それらを薄いパンではさみサンドウィッチを作った。

 皿にのせてから、みんなの居る場所に戻る。

「テレシアさんは、こちらを食べてください」
「まさか、まさかとは思うが……イオディプス君が作ったのか?」
「切って挟んだだけですが」

 手間なんてかかっていない簡単な料理を作った言って良いのかわからず、躊躇いがちに言ってしまった。

「食べる! 食べさせてください!」

 必死にお願いされてしまった少しだけ引いてしまった。

 お願いされるまでもなく、元から渡す予定だったのでテレシアさんの前に皿を置く。

 テレシアさんはサンドウィッチを手に取って口へ入れる。

 レベッタさんとヘイリーさんが飛びかかった。

 口にサンドウィッチをくわえながら、また三人は醜い争いを始めた。奪い合いだ。殺気立っていて非常に危うい空気だ。言葉だけじゃ止められそうにない。

 こうなったら同じ料理を出すしかないだろう。

「二人にも作るから! 落ち着いて!」

 ピタリと動きが止まった。ゆっくりと首を動かして俺を見る。

「本当? 嘘だったらお姉さんすごく悲しいけど」

 ドロリとした粘着性のあるオーラを発しているように感じた。平坦な声だ。普段は元気なレベッタさんだけど、今だけは違う。

 飢えた獣のような執着心を感じた。

 ま、気のせいだと思うけど。単純にお腹が減っているから苛立っているだけだろ。

「同じのを作ってくるので先に食べててください」
「いや。私は待つ」
「その言葉は嬉しいけど、冷めたら不味くなっちゃいます」
「でも……」
「すぐに戻るので気にしないで」

 言い合いしても時間を無駄に使ってしまうので台所に移動した。少しは味を変えるべきかもと思い野菜籠を見ると、トマトみたいな赤い実を発見する。

 水で軽く洗ってからかぶりつく。

 瑞々しい果肉は、優しく口の中でとけるように感じられた。太陽の光をたっぷりと吸収して育ったのだろう。ほどよい酸味と甘みを感じる。日本で食べたトマトよりも美味しい。文明レベルは高くないので不便なことも多いが、食べ物に限定すれば満足するレベルだ。

 俺の中でトマトもどきと命名した野菜を切っていく。俺が口を付けた部分は捨ててからパンに挟んでダイニングに戻った。

「おまたせ」

 三人とも仲良く座って赤いスープを飲んでいる。

 やればできるじゃん。やっぱり平和が一番だ。

「美味しそうっっ!!」

 レベッタさんが立ち上がりそうだったので、手を前に出して止める。

 食事中に立ち上がってはいけません。

「全員分、ちゃんとあるから」

 サンドイッチをレベッタさん、ヘイリーさんへ渡す。レベッタさんは勢いよく食べ始めた。言葉にしなくても、美味しいと思ってくれていることが伝わる食べっぷりだ。

 さて、俺も食事にしよう。俺の席でテレシアさんが食事をしているし、どこに座ろうか。

「一緒に食べよ?」

 ヘイリーさんが隣の椅子をペチペチと叩いていた。

 お誘いにのって腰を下ろす。

「これ美味しいから」

 満足そうな顔をしたヘイリーさんは、肉の刺さったフォークを俺の口元にもっていく。食べてというメッセージなのだろう。

 パクッと肉を食べる。ほどよい塩加減と肉汁が口の中に広がった。肉は非常に柔らかく、数回噛むだけで溶けてしまったと思うほどだ。

「美味しいですね」
「うん。美味しい」

 俺がくわえたフォークを口の中に入れながら、ヘイリーさんは笑っていた。

 食べ物は刺さってなかった気がするんだけど……。