「お邪魔するよ」
テレシアさんは家に入ってきたので、持っていたスプーンを置いて立ち上がる。ヘイリーさんも同様だ。
どんな話が飛び出てくるのかわからない。艶のある長い黒髪をなびかせながら歩き、真面目そうな顔をしている彼女をじっと見る。
俺が男だと知っても驚いている様子はない。レベッタさんたちに教えてもらっていたのかも。
「そんなじっくりと見ないでくれ。化粧をしてないから恥ずかしいじゃないか」
頬をかきながら照れていた。
先ほどの凜とした姿からギャップがあって、俺の心はグラグラと揺れてしまう。そんな可愛仕草は卑怯だ! 嫌いになれる男なんていないぞ!
「ごめんなさい」
「いやいや。謝ることじゃない。バッチリと化粧をしたときに二人っきりで――」
「テレシア。話がズレてる」
腕を組みながらつま先を何度も床に叩きつけ、苛立った様子でヘイリーさんが話を遮った。
今は雑談をしている状況じゃないことを思い出し、俺は一歩下がって会話の主導権を譲る。
「で、話って何? デブカエルのこと?」
「あの通報は来訪の口実に使っただけ。あんなのどうでもいい。話したいことは別件だ」
ええ!? 町中での暴力行為がどうでもいい扱いになる!? 男が絡んでいる事件なのに?
「衛兵隊長が法を無視して良いの?」
「ランクB程度の男とイオディプス君を比べたら、どちらを優先するなんて決まっているだろ?」
「そうね」
スキルランクは俺の方が高いから優遇してくれているのだろうか? もしそうならSSランクのスキルを覚えていたことに感謝しないとな。
「それよりも早く伝えたいことがある」
「何?」
ヘイリーさんの警戒心が高まっている。俺も同様だ。鋭い直感が、これから悪い話がくると教えてくれる。
「明日、第一王女のスカーテが町にくる。目的はイオディプス君だ」
三人の視線が俺に集まった。
高ランクスキル持ちの男を確認しにきたんだろう。
「でもどうして俺の存在がバレたんですか?」
「町に入る際、身分証明書を出しただろ?」
「はい」
出身国と村、そして持っているスキル名だけしか書かれてない簡易なものだった。名前や性別は書いてないのに、どうして俺が男だとわかったんだろう。
疑問ばかり浮かぶ。
「判定の日でスキルが判明した際、過去のデータからランク付けされ、スキル名と一緒に名前や性別、出身地などが国に報告が行くようになっている」
スキルは個人が持つ特殊な能力で、ランクが高ければ国家戦力に大きな影響を与えるはず。どこに何のスキル持ちがいるか、国は管理できる体制を整えていたみたいだ。一応同じスキル持ちだった場合を考えて、出身国や村まで書いてある、のかな。
ランクを記載していないのは、本人と国だけが把握していればいいとの判断なのかも。
SやSSランクスキル持ちだとバレれば、危険なヤツらに狙われるかもしれないしな。
「報告にあった中から犯罪に使われやすいスキルだったり、国家運営に大きな影響を及ぼすスキルは特に厳重に管理されるようになり、該当の人物が町に入った場合は領主、場合によっては国王にまで連絡が行く体制になっている」
珍しいSSランクは、間違いなく要注意スキルになっているだろう。出身の村の記録から俺が男だと判明したのであれば、王女が来る理由にもなる。
「スキルからイオ君の存在が判明したから、スカーテ王女がくるんですね」
強い殺意がした方を見ると、レベッタさんが弓を持っていた。
目が暗くハイライトは消えている。いつもは笑顔を浮かべているが今は違う。眉間に深いしわが刻まれ、唇は引き締まり、呼吸が荒くなっている。凶暴な獣が人間に化けたような雰囲気を漂わせていた。
嵐の前の静けさとは、このことを言うのだろう。
「私のイオ君を奪おうとする人がイル。王族を殺してくるネ」
怒りを抑えた静かな声だ。放置していたら有言実行すると思わせる迫力がある。
「話は最後まで聞け」
テレシアさんがレベッタさんの肩に手を置いたが、すぐに弾かれてしまった。
俺たちを無視して家を出ようとする。
王女様を殺したら国中が敵になることは容易に想像が付く。男にケンカを売る以上に危険だ。
止めなければ二度と会えなくなるだろう。
そんなのは嫌だ。
これから楽しい生活がずっと続いて欲しい。
ううん。違う。欲しいじゃなく、続けさせるんだ。そのために俺は動かなければいけない。
「待って!」
背後からレベッタさんを抱きしめた。俺の力じゃ止められないかもしれないが、気持ちだけは伝えないと。
「三人で考えれば、暗殺よりもっと良い方法が思い浮かぶかもしれない。落ち着いて話し合おうよ」
「その考えは甘いよ。国はどんな方法を使っても男を奪い取るんだ」
実感がこもっていた。きっと過去に似たような経験をしたのかもしれない。
「そんなことない! SSランクの男の意見は王女だって無視できないはず! 暴力ではなく対話で解決できないか考えよう!」
過去一度もSSランクの男はいなかったんだから多少のワガママは聞いてくれるはず。実際Bランクスキル持ちの男の訴えなんて無視されるだろうから、あながち間違いとはいえないだろう。
この際、不自由な生活になることも受け入れるから、レベッタさんたちと一緒に過ごせるよう交渉しよう。
このぐらいの願いを叶える価値は、俺にあるはずなのだから。
「イオディプス君はSSランクのスキル持ちなのか。ふむ。これなら何とかなるだろう」
やりとりを静かに見守っていたテレシアさんに何かアイデアがあるようだ。獲物を見るような目をされてしまったが今は気にしない。
レベッタさんに抱き付いたまま、早く教えてくれと顔を向けた。
テレシアさんは家に入ってきたので、持っていたスプーンを置いて立ち上がる。ヘイリーさんも同様だ。
どんな話が飛び出てくるのかわからない。艶のある長い黒髪をなびかせながら歩き、真面目そうな顔をしている彼女をじっと見る。
俺が男だと知っても驚いている様子はない。レベッタさんたちに教えてもらっていたのかも。
「そんなじっくりと見ないでくれ。化粧をしてないから恥ずかしいじゃないか」
頬をかきながら照れていた。
先ほどの凜とした姿からギャップがあって、俺の心はグラグラと揺れてしまう。そんな可愛仕草は卑怯だ! 嫌いになれる男なんていないぞ!
「ごめんなさい」
「いやいや。謝ることじゃない。バッチリと化粧をしたときに二人っきりで――」
「テレシア。話がズレてる」
腕を組みながらつま先を何度も床に叩きつけ、苛立った様子でヘイリーさんが話を遮った。
今は雑談をしている状況じゃないことを思い出し、俺は一歩下がって会話の主導権を譲る。
「で、話って何? デブカエルのこと?」
「あの通報は来訪の口実に使っただけ。あんなのどうでもいい。話したいことは別件だ」
ええ!? 町中での暴力行為がどうでもいい扱いになる!? 男が絡んでいる事件なのに?
「衛兵隊長が法を無視して良いの?」
「ランクB程度の男とイオディプス君を比べたら、どちらを優先するなんて決まっているだろ?」
「そうね」
スキルランクは俺の方が高いから優遇してくれているのだろうか? もしそうならSSランクのスキルを覚えていたことに感謝しないとな。
「それよりも早く伝えたいことがある」
「何?」
ヘイリーさんの警戒心が高まっている。俺も同様だ。鋭い直感が、これから悪い話がくると教えてくれる。
「明日、第一王女のスカーテが町にくる。目的はイオディプス君だ」
三人の視線が俺に集まった。
高ランクスキル持ちの男を確認しにきたんだろう。
「でもどうして俺の存在がバレたんですか?」
「町に入る際、身分証明書を出しただろ?」
「はい」
出身国と村、そして持っているスキル名だけしか書かれてない簡易なものだった。名前や性別は書いてないのに、どうして俺が男だとわかったんだろう。
疑問ばかり浮かぶ。
「判定の日でスキルが判明した際、過去のデータからランク付けされ、スキル名と一緒に名前や性別、出身地などが国に報告が行くようになっている」
スキルは個人が持つ特殊な能力で、ランクが高ければ国家戦力に大きな影響を与えるはず。どこに何のスキル持ちがいるか、国は管理できる体制を整えていたみたいだ。一応同じスキル持ちだった場合を考えて、出身国や村まで書いてある、のかな。
ランクを記載していないのは、本人と国だけが把握していればいいとの判断なのかも。
SやSSランクスキル持ちだとバレれば、危険なヤツらに狙われるかもしれないしな。
「報告にあった中から犯罪に使われやすいスキルだったり、国家運営に大きな影響を及ぼすスキルは特に厳重に管理されるようになり、該当の人物が町に入った場合は領主、場合によっては国王にまで連絡が行く体制になっている」
珍しいSSランクは、間違いなく要注意スキルになっているだろう。出身の村の記録から俺が男だと判明したのであれば、王女が来る理由にもなる。
「スキルからイオ君の存在が判明したから、スカーテ王女がくるんですね」
強い殺意がした方を見ると、レベッタさんが弓を持っていた。
目が暗くハイライトは消えている。いつもは笑顔を浮かべているが今は違う。眉間に深いしわが刻まれ、唇は引き締まり、呼吸が荒くなっている。凶暴な獣が人間に化けたような雰囲気を漂わせていた。
嵐の前の静けさとは、このことを言うのだろう。
「私のイオ君を奪おうとする人がイル。王族を殺してくるネ」
怒りを抑えた静かな声だ。放置していたら有言実行すると思わせる迫力がある。
「話は最後まで聞け」
テレシアさんがレベッタさんの肩に手を置いたが、すぐに弾かれてしまった。
俺たちを無視して家を出ようとする。
王女様を殺したら国中が敵になることは容易に想像が付く。男にケンカを売る以上に危険だ。
止めなければ二度と会えなくなるだろう。
そんなのは嫌だ。
これから楽しい生活がずっと続いて欲しい。
ううん。違う。欲しいじゃなく、続けさせるんだ。そのために俺は動かなければいけない。
「待って!」
背後からレベッタさんを抱きしめた。俺の力じゃ止められないかもしれないが、気持ちだけは伝えないと。
「三人で考えれば、暗殺よりもっと良い方法が思い浮かぶかもしれない。落ち着いて話し合おうよ」
「その考えは甘いよ。国はどんな方法を使っても男を奪い取るんだ」
実感がこもっていた。きっと過去に似たような経験をしたのかもしれない。
「そんなことない! SSランクの男の意見は王女だって無視できないはず! 暴力ではなく対話で解決できないか考えよう!」
過去一度もSSランクの男はいなかったんだから多少のワガママは聞いてくれるはず。実際Bランクスキル持ちの男の訴えなんて無視されるだろうから、あながち間違いとはいえないだろう。
この際、不自由な生活になることも受け入れるから、レベッタさんたちと一緒に過ごせるよう交渉しよう。
このぐらいの願いを叶える価値は、俺にあるはずなのだから。
「イオディプス君はSSランクのスキル持ちなのか。ふむ。これなら何とかなるだろう」
やりとりを静かに見守っていたテレシアさんに何かアイデアがあるようだ。獲物を見るような目をされてしまったが今は気にしない。
レベッタさんに抱き付いたまま、早く教えてくれと顔を向けた。