仲直りした後は、二人からこの世界の常識を教えてもらうことにした。

 内容は銅貨や銀貨、金貨といった通貨に関することや物価、冒険者や貴族制度など多岐にわたる。

 数時間をかけて覚えると理解度を確認するテストをしてもらい、何度か繰り返すことで全問正解するようになった。だからといって人で生きていける、なんて思うようにはなれなかった。むしろこうやって隠れて過ごせる場所から逃げ出してはいけない。そんなことを強く認識してしまっている。

 周囲に男だとバレてしまえば、安全だけど窮屈な生活を強要されるからだ。
 しばらくは、慎重に行動しようと思っていた。

* * *

 重要なことを一通り覚えたので、ようやくお出かけの時間となる。

 男とわからないように体を覆い隠す黒いローブをまとい、長い金髪のカツラを頭に乗せている。顔に布をまいて鼻から顎、首までを隠した。これで準備は完璧だ。

 俺からすると怪しい人物にしか見えないのだが、レベッタさんたちが言うには長旅を終えた人や斥候をするような人のスタイルらしく、不審者だとは思われないらしい。

 数日ぶりに家を出てから振り返る。
 武装したレベッタさんとヘイリーさんがいた。

 剣や弓を持っても捕まることがない世界にまだ慣れてないようで、少しだけ違和感を覚えた。いつかは当たり前と思える日が来るだろうか。

「最初は道具屋に行きたいです」

 衣服から傷を一瞬で回復するポーション、魔物から取れる魔石で動作する照明みたいな物まで取り扱っている店だ。そこに行けば大抵の物は揃うらしく、俺に足りない日常品を買いそろえる予定である。

 その後は冒険者登録をしたい。危険な仕事はさせられないとは言われたが、俺は諦めない。二人には登録するだけと言って説得したのである。

 スキルの使い方は教えてもらったし、これでみんなの役に立てると思えば、やる気が出てくるというものだ。女性に守られてばかりの生活は、俺の性格には合わないしな。

「オススメのお店があるので紹介するね」

 レベッタさんが自信を持って言ってるから不安はない。
 ここは詳しい人に任せしよう。

「わかりました。案内お願いします」
「任せて!」

 頼られたのが嬉しいらしく元気良く飛び出してしまった。それを見たヘイリーさんは、やれやれと言いたそうな顔をしている。

 息が合っているというか、良いパートナーなだなって感じがして、俺はこの雰囲気が大好きだ。

「行きましょうか」
「うん。行こう」

 先に行ってしまったレベッタさんを追いかけるように、ヘイリーさんと一緒に歩き出した。

 一軒家が並ぶ道はゴミ一つ落ちていない。綺麗な石畳で舗装されていて周囲は静かだ。すれ違う人たちは普通の服を着ており、武具なんかは持っていない。

 だからなのか、周囲の視線は俺たちに集まっている。

「見られてますけど大丈夫なんですか?」

 小声でヘイリーさんに聞いてみた。

「武器の携帯は問題ない。許可は取ってある」
「いや、そいう意味じゃなくて、みんな怖がってません?」

 違法でないことは知っているが、俺が言いたいのはそういうことでない。周囲の評判は気にならないのだろうか。閑静な住宅街に武装した人たちが住んでいたら、普通は嫌がると思うんだが。

 この日本人の感覚が抜けないから、そんなこと考えてしまうのか?

「気にしたら負け。私たちは悪いことしていない」

 そんなことを言いながら、ヘイリーさんは気まずそうな顔をしていた。

 感じていたことは間違いなかったようだ。俺たちは浮いているし……ちょっとは気にしてるじゃないか!

「だから堂々と歩く」
「わかりました」

 今更だなという諦めもあって、ヘイリーさんの言葉に同意した。

 周囲の目が厳しい中を歩き続けると、住宅街を抜けると大通りにでた。

 人が多い。俺と同じ人間だけじゃなく、耳の長いエルフやロリ体系のドワーフ。他にも獣人やドラゴンの羽と尻尾の生えたドラゴニュートなんて種族もいる。しかもレベッタさんたちと同じように武装している人も多い。

 左右には屋台や謎の肉を売っているお店、宿、奴隷を売っている店などある。ぱっと見ではよくわからない建物もあるので、好奇心をかき立てられるな。

 俺が思い描いていた異世界という風景が目の前に広がっていた。

「町の中でも一番栄えている通りだよ。ここには、何でもあるんだからっ!」

 先頭を歩いて案内をしてくれたレベッタさんが、両手を広げながら振り返った。

 自慢げな顔をしている。きっとこの町が好きなんだろう。

 俺もこの町が好きになれるといいな。

「ここからは人混みが多いから、守りながら移動するよ」
「レベッタの意見に賛成」

 二人は同時に動き出した。左右に分かれると俺の手を握る。左にヘイリーさん、右にレベッタさんがいて、優しく微笑んでくれた。

「窮屈じゃない?」

 気を使ってくれたのかヘイリーさんが聞いてくれた。
 細かいところをちゃんと見ているのは、彼女のいいところだ。
 
「そんなことありません。もっとくっついてもいいですよ」

 二人とも手を離すと腕を組んできた。
 革鎧が当たって少しだけ痛いけど、気になるほどではない。

「行きましょうか」

 頷いてくれたのでタイミングを合わせて歩き出す。

 腕を組んでいるから大通りでも注目されてしまっているが、問題はないだろう。三人で仲良く過ごせている、その事実の方が重要なのだから。

 俺は母さんを助けられただろうし、日本で思い残したことはない。

 これからは、異世界での新生活を楽しく生きていくことに全力を尽くそう。