イオディプス君を部屋に案内してから一階に戻ると、ヘイリーがコップの縁を舐めている姿を目撃した。
舌を小さく出してペロペロと動かしている。目は開いているけど、焦点はあってないように見える。私が戻ってきたのに気づかないほど集中していた。
何をしているんだなんて聞くまでもない。イオディプス君が口を付けたところを舐めているのだ。
ゆっくりと近づいて頭を軽く叩くと、ヘイリーの意識はようやくこちら側に戻ってきた。
「文句でもある?」
エサをとられないように警戒している動物のような目つきだ。
そんな顔をしたらイオディプス君は逃げ出しちゃうから、気をつけた方が良いのに。
「交代制にしよう。ケンカはしたくない」
かなり譲歩したつもりだったんだけど、ヘイリーはコップに口を付けたまま悩んでいた。
交渉が決裂したら、強引な手を使うしかない。それはいやだなー。イオディプス君は、物語に出てくる王子様のように優しく心が綺麗だから、絶対に悲しんじゃう。
「断ったら?」
「今していることを伝えて、一緒に出て行く」
ヘイリーとは長い付き合いだったけど、イオディプス君を手に入れるためなら失ってもいいと思う。
これは私が冷たいというわけではない。世界中にいる女が同じ選択をするだろうし、ヘイリーだって例外ではないはず。
男のためなら全てを捨てる。
女として生まれた私たちは、全員覚悟できていることだ。
「それは困るから、交代制を受け入れる」
「ありがと」
優しい声が出るように意識しながら返事をつつ、唇をヘイリーの耳に近づける。
「黙って先に使った罰として、二回連続で私が使うから」
「それは横暴――」
「イオディプス君を連れてきたのは私。それはわかっているよね?」
立場を思い出してもらうため、あえて強調して言った。
彼を独占するつもりなんてないけど、だからといって一番を譲るつもりはない。命を預け合う仲間だけれど、譲れないことはあるのだ。
「卑怯な言い方だね」
「そう思うなら、新しい男を自分で捕まえてみたらどう?」
「ぐっ。それを言われると辛い」
男だとわかったら、生まれた瞬間に周囲の女が囲ってしまい、町で見つけても声なんてかけられない。部屋に連れ込むなんて不可能といえる。男を捕まえるというのは、それほど難易度が高いのだ。
イオディプス君みたいな奇跡は二度と起こらないと知っていて、ヘイリーは言葉に詰まっている。
「だから私たちは平等な関係でいようね」
「……わかった」
よしこれでヘイリーとの話し合いはまとまった。
コップやフォーク、スプーンを舐める権利で揉めることはない。
「あとは。交換日誌に今日のことを書いておかないとね」
私たちは四人パーティで活動して一緒に生活しているけど、仕事の都合で今みたいに別々で行動することも多い。
数日、家から離れることもあるため、お互いの近況を伝える交換日誌を作っていた。
リビングの引き出しから木箱を取り出す。錠前がついているので鍵を使って解錠した。
中から一冊の本が出てきた。
本を開いて最後に書き込んだページを開く。
『メヌと一緒に商隊の護衛をするため、一週間ほど家を空けます。男見つけるぞー!』
これは龍人のアグラエルが書いた内容だ。
運が悪いことに二人は出払っていてしばらく返ってこない。
「何を書くの?」
コップを舐めながらヘイリーが聞いてきた。
もうイオディプス君成分はなくなっているはずなのに、手放すつもりはないみたいね。
「決まってるじゃない。イオディプス君のことだよ」
ペンにインクを付けてながら、どこから書くか悩む。
草原で拾ったところからにしようか、それとも家に住まわせることからにしようか……いや、長い文章だと読まないから、短くまとめよう。
『スキルランクSSの男を見つけて捕獲したよ。我が家の住民になりました。私の許可なく襲ったら処刑だから』
男を見た瞬間に押し倒しかねないので、警告しておいた。もしイオディプス君に手を出したら、本当に血の雨が降ることでしょう。
「私も書いておく」
ヘイリーもペンを持つと、私の文章の下に書いていく。
『↑名前はイオディプス君。優しく種族偏見のない素敵な男。ちゃんと四人で楽しめるようにする。だから、信用を得るまでは我慢しろ』
『↑同意。本当に良い子だから、手を出したら私とヘイリーが潰すから』
よし、これだけ書いておけば大丈夫だろう。
二人とも男好きなだけど自制心は残っている……はずだから。
「返信が楽しみだね」
本を箱にしまいながら、仲間の顔を思い浮かべる。
二人とも同族の男に手を出そうとして追い出されたから、人間社会でしか生きていけない。伴侶を見つけるとしたら人間の男限定となるのだが、龍人は角や尻尾、羽などが邪魔だと嫌われ、ドワーフは背が小さく胸も小さいから子供扱いだ。
私よりも男に困っていたのだから、イオディプス君との同棲生活を喜んでくれるはず。
貴族にバレないよう気をつけていれば、これ以上ないほどの幸せな生活が続く。
私だけじゃなくヘイリーですら、そう確信しているのだった。
舌を小さく出してペロペロと動かしている。目は開いているけど、焦点はあってないように見える。私が戻ってきたのに気づかないほど集中していた。
何をしているんだなんて聞くまでもない。イオディプス君が口を付けたところを舐めているのだ。
ゆっくりと近づいて頭を軽く叩くと、ヘイリーの意識はようやくこちら側に戻ってきた。
「文句でもある?」
エサをとられないように警戒している動物のような目つきだ。
そんな顔をしたらイオディプス君は逃げ出しちゃうから、気をつけた方が良いのに。
「交代制にしよう。ケンカはしたくない」
かなり譲歩したつもりだったんだけど、ヘイリーはコップに口を付けたまま悩んでいた。
交渉が決裂したら、強引な手を使うしかない。それはいやだなー。イオディプス君は、物語に出てくる王子様のように優しく心が綺麗だから、絶対に悲しんじゃう。
「断ったら?」
「今していることを伝えて、一緒に出て行く」
ヘイリーとは長い付き合いだったけど、イオディプス君を手に入れるためなら失ってもいいと思う。
これは私が冷たいというわけではない。世界中にいる女が同じ選択をするだろうし、ヘイリーだって例外ではないはず。
男のためなら全てを捨てる。
女として生まれた私たちは、全員覚悟できていることだ。
「それは困るから、交代制を受け入れる」
「ありがと」
優しい声が出るように意識しながら返事をつつ、唇をヘイリーの耳に近づける。
「黙って先に使った罰として、二回連続で私が使うから」
「それは横暴――」
「イオディプス君を連れてきたのは私。それはわかっているよね?」
立場を思い出してもらうため、あえて強調して言った。
彼を独占するつもりなんてないけど、だからといって一番を譲るつもりはない。命を預け合う仲間だけれど、譲れないことはあるのだ。
「卑怯な言い方だね」
「そう思うなら、新しい男を自分で捕まえてみたらどう?」
「ぐっ。それを言われると辛い」
男だとわかったら、生まれた瞬間に周囲の女が囲ってしまい、町で見つけても声なんてかけられない。部屋に連れ込むなんて不可能といえる。男を捕まえるというのは、それほど難易度が高いのだ。
イオディプス君みたいな奇跡は二度と起こらないと知っていて、ヘイリーは言葉に詰まっている。
「だから私たちは平等な関係でいようね」
「……わかった」
よしこれでヘイリーとの話し合いはまとまった。
コップやフォーク、スプーンを舐める権利で揉めることはない。
「あとは。交換日誌に今日のことを書いておかないとね」
私たちは四人パーティで活動して一緒に生活しているけど、仕事の都合で今みたいに別々で行動することも多い。
数日、家から離れることもあるため、お互いの近況を伝える交換日誌を作っていた。
リビングの引き出しから木箱を取り出す。錠前がついているので鍵を使って解錠した。
中から一冊の本が出てきた。
本を開いて最後に書き込んだページを開く。
『メヌと一緒に商隊の護衛をするため、一週間ほど家を空けます。男見つけるぞー!』
これは龍人のアグラエルが書いた内容だ。
運が悪いことに二人は出払っていてしばらく返ってこない。
「何を書くの?」
コップを舐めながらヘイリーが聞いてきた。
もうイオディプス君成分はなくなっているはずなのに、手放すつもりはないみたいね。
「決まってるじゃない。イオディプス君のことだよ」
ペンにインクを付けてながら、どこから書くか悩む。
草原で拾ったところからにしようか、それとも家に住まわせることからにしようか……いや、長い文章だと読まないから、短くまとめよう。
『スキルランクSSの男を見つけて捕獲したよ。我が家の住民になりました。私の許可なく襲ったら処刑だから』
男を見た瞬間に押し倒しかねないので、警告しておいた。もしイオディプス君に手を出したら、本当に血の雨が降ることでしょう。
「私も書いておく」
ヘイリーもペンを持つと、私の文章の下に書いていく。
『↑名前はイオディプス君。優しく種族偏見のない素敵な男。ちゃんと四人で楽しめるようにする。だから、信用を得るまでは我慢しろ』
『↑同意。本当に良い子だから、手を出したら私とヘイリーが潰すから』
よし、これだけ書いておけば大丈夫だろう。
二人とも男好きなだけど自制心は残っている……はずだから。
「返信が楽しみだね」
本を箱にしまいながら、仲間の顔を思い浮かべる。
二人とも同族の男に手を出そうとして追い出されたから、人間社会でしか生きていけない。伴侶を見つけるとしたら人間の男限定となるのだが、龍人は角や尻尾、羽などが邪魔だと嫌われ、ドワーフは背が小さく胸も小さいから子供扱いだ。
私よりも男に困っていたのだから、イオディプス君との同棲生活を喜んでくれるはず。
貴族にバレないよう気をつけていれば、これ以上ないほどの幸せな生活が続く。
私だけじゃなくヘイリーですら、そう確信しているのだった。