「伽夜が自分の父が鬼なのではないかと、不安がっていましてね」
「ま、まさかそんな。我が家は五十年前に異能を捨てました。高遠家にも縁のある京都の――」
五十年前、異能を捨てると誓った華族は、京都の有名寺院で異能を捨てる儀式を行った。
実は形だけだ。その寺院と異能を持つ華族が話し合い、多額の布施と引き換えに、異能を捨てたという声明を出したのだ。
異能を持つ華族の間だけでの公然の秘密である。
「はい。わかっていますよ。玉森家は異能を捨てたのですよね」
公爵は「ええ、ええ」と大きくうなずく。
「万がいち伽夜が鬼の娘となると、伽夜の母親はあやかしと通じる狐になります。人は鬼の姿は見えませんからね。――玉森は今でも九尾の狐の眷属となり、しかも鬼を引き寄せる」
「滅相もない!」
立ち上がらんばかりに公爵は否定した。
「ですよね。そのような噂になれば、萌子さんは……」
そこまで言って涼月は萌子をチラリと見た。
言わんとする意味がわかったのか、萌子は真っ青になっている。
玉森に今でも九尾の狐の血が流れているとわかれば、萌子は誰とも結婚できず尼になるくらいしか道はない。玉森家は分家から男子を立てて引き継ぐ話が進んでいるはずだが、それも白紙になる。つまり玉森家は断絶するのだ。
「た、高遠さん、伽夜が何を心配しているのかわかりませんが」
「念のため言っておきますが、我が家は陰陽師一族、万がいち伽夜に異能の兆しがあれば祓っておきますので心配はありません。世間も納得するでしょう。私には名実ともに、それだけの力がありますから」
伯爵は大きくうなずく。
「ええ、ええ。ですが、伽夜には異能などありません」
「そうですね。伽夜に異能はありません。伽夜の母は病がちで田舎に篭り、担当の医者と結婚した。そう聞いていますが、それでいいのですよね?」
敢えて萌子をジッと見た。
「萌子さん、どうですか?」
「わ、私は……」
突然萌子は泣き出した。
慌てた公爵夫人が萌子の肩を抱き「も、申し訳ありません。失礼させていただきます」と連れていく。
(とりあえず、これくらいでいいか)
涼月は大きく溜め息をつき、立ち上がった。
「この家での伽夜に対する仕打ち。いく人もの元使用人から聞きました。挙句、伽夜を鬼の娘と脅迫するとは。――玉森を存続させたいなら、公爵」
「は、はい?」
「夫人と娘の口を厳重に塞ぐべきですね」
公爵は震えている。
肝の小ささに呆れるばかりだ。
「も、申し訳ない」
「今後伽夜には一切関わらないと約束してください。まあ反故にされてもこの家が世間に潰されるだけですし、わたしは伽夜以外助けません。それだけを言いに来ました」
「ま、まさかそんな。我が家は五十年前に異能を捨てました。高遠家にも縁のある京都の――」
五十年前、異能を捨てると誓った華族は、京都の有名寺院で異能を捨てる儀式を行った。
実は形だけだ。その寺院と異能を持つ華族が話し合い、多額の布施と引き換えに、異能を捨てたという声明を出したのだ。
異能を持つ華族の間だけでの公然の秘密である。
「はい。わかっていますよ。玉森家は異能を捨てたのですよね」
公爵は「ええ、ええ」と大きくうなずく。
「万がいち伽夜が鬼の娘となると、伽夜の母親はあやかしと通じる狐になります。人は鬼の姿は見えませんからね。――玉森は今でも九尾の狐の眷属となり、しかも鬼を引き寄せる」
「滅相もない!」
立ち上がらんばかりに公爵は否定した。
「ですよね。そのような噂になれば、萌子さんは……」
そこまで言って涼月は萌子をチラリと見た。
言わんとする意味がわかったのか、萌子は真っ青になっている。
玉森に今でも九尾の狐の血が流れているとわかれば、萌子は誰とも結婚できず尼になるくらいしか道はない。玉森家は分家から男子を立てて引き継ぐ話が進んでいるはずだが、それも白紙になる。つまり玉森家は断絶するのだ。
「た、高遠さん、伽夜が何を心配しているのかわかりませんが」
「念のため言っておきますが、我が家は陰陽師一族、万がいち伽夜に異能の兆しがあれば祓っておきますので心配はありません。世間も納得するでしょう。私には名実ともに、それだけの力がありますから」
伯爵は大きくうなずく。
「ええ、ええ。ですが、伽夜には異能などありません」
「そうですね。伽夜に異能はありません。伽夜の母は病がちで田舎に篭り、担当の医者と結婚した。そう聞いていますが、それでいいのですよね?」
敢えて萌子をジッと見た。
「萌子さん、どうですか?」
「わ、私は……」
突然萌子は泣き出した。
慌てた公爵夫人が萌子の肩を抱き「も、申し訳ありません。失礼させていただきます」と連れていく。
(とりあえず、これくらいでいいか)
涼月は大きく溜め息をつき、立ち上がった。
「この家での伽夜に対する仕打ち。いく人もの元使用人から聞きました。挙句、伽夜を鬼の娘と脅迫するとは。――玉森を存続させたいなら、公爵」
「は、はい?」
「夫人と娘の口を厳重に塞ぐべきですね」
公爵は震えている。
肝の小ささに呆れるばかりだ。
「も、申し訳ない」
「今後伽夜には一切関わらないと約束してください。まあ反故にされてもこの家が世間に潰されるだけですし、わたしは伽夜以外助けません。それだけを言いに来ました」