真剣に訴えた。
「私はこの家を守りたいんです」
 あなたが私を好いてくれる以上に何倍も私はあなたが好きだからと、心で続ける。
「伽夜。俺は天狗の血を引いているんだよ。陰陽師の血だけじゃない。大天狗の末裔でもある。しかも伽夜以上にあやかしの血の方が濃い」
 人の心を読めて、やろうと思えば心を操る力もあると教えてくれた。
 悪鬼を消すだけが力ではないのだと。
「俺のすべてを知るものは一族の者しかいない。黒木はある程度知っているが、それだけだ。キクヱも知らない。悪鬼を倒しあやかしの力を封じる陰陽師だと彼らは思っている。読心術については気分のいいものではないし、滅多に使いはしないが」
 本人にとっては残酷な異能だと、伽夜は思う。
 人の心は、美徳よりも醜さの方が際立つはず。
 自分を振り返ってみてもそうだ。
 玉森にいた頃は、どうして辛くあたるの?どうして酷い物言いをするの?どうしてどうしてと叔父一家に対する不満や悲しみばかりだったから。
 知りたくもない自分への憎悪も目にするかもしれない。強い心を持っていなければ、闇に引きずられるだろう。
 そういえばとふと思う。
 心も読まれていたから、昨夜の外出もわかってしまったのかと。
 ならばもう隠す必要がない。
「この家に来てすぐドレスを作りに行ったとき、萌子に会って、三月のうちに離縁しなければ、私が鬼の娘だと世間に公表すると言われました。舞踏会で萌子の憎悪に満ちた目を見て、もうダメだと、どうしようもなくて」
 彼の目には萌子に対する恐怖やどうしようもない不安がみえていたはずだ。

「そうだったのか」
 初めて知ったような響きに不思議に思い、首を傾げた。
 あの日以来ずっと萌子に言われた言葉が頭から離れなかった。少しでも心を読めばわかっていただろうに。
「伽夜。君の心だけは見えないんだ」
「え? そう、なのですか?」
 嘘をつくとも思えず、混乱する。
「何度も覗こうとしたが、どうしても読めない。伽夜だけなんだ」
「私が、鬼の娘だからなんでしょうか。それとも狐だから?」
「どうだろう。正直よくわからない」
 読めないとなると。
(じゃあ、今私が言った萌子の話は知らなかったの?)
「とにかく、もう心配いらない。君は何もしていないし、責められるはずがないんだ。そもそも彼女が口外すれば困るのは玉森家だ。玉森にはあやかしの異能があると言っているようなものだからね」
「でも母が父に拐かされたと言われたら……」
 なにも返せない。

 父と母は春の山で出会ったという。
 桜を見に出掛け、急な雨で岩陰で雨宿りをしていて、猪に襲われそうになったところを父が助けた。
 母は父に礼を言いに再び岩に向かい、ふたりは恋に落ちた。
 父から聞いた美しい恋を世間に伝えようもない。

「少なくとも九尾の狐の眷属でなければ鬼に近づけない。普通の人間は鬼の姿すら見えないだろう?」

 ああそうかと、伽夜はハッとした。
 拐かされるとしたら、普通は取り憑かれるか殺されるかのどちらかだ。
 普通の人間は、鬼と心を通わせる (すべ) はない。
「伽夜の母にその力があるとなれば一族の問題だ。公爵だけ知らぬ存ぜぬは通じない」
 確かにそうだ。
 萌子がそれをどう思っているかは別として、玉森家の血に違いないのだから。

「責められるとしたら玉森家なのですね?」
「そうだ。我が家は陰陽師一族、仮に君が鬼の娘であろうと異能を消すと宣言すれば世間は信じる。それだけの実績と信用を我が家は積んでいるんだよ」
 涼月は警察官が立ち合い、犯罪者から取り憑いたあやかしを祓って消すという仕事もしていると言った。
「夜になるとよく出掛けるのにはそういう理由もある」
(夜、出掛ける理由?)

 伽夜は思い切って聞いてみた。
「女性のところでは、ないのですか?」
「女性? ああ、もしかして妾でもいると思ったか?」
 伽夜はこくりと頷いた。
「いないよ。今までも、これからも」
「それじゃ……」
 涼月はうなずく。
「俺には伽夜しかいない」
 ほかに女性はおらず、鬼の娘でも迷惑をかけない? と、伽夜は心で何度も繰り返した。
「なにも心配ない。もし玉森萌子が何かしたところで高遠はびくともしない。妻である君を含めてね」
 力強い微笑みに、緊張の糸が切れる。
 ホッとすると同時に涙が溢れた。
「もう大丈夫だ。なにも心配ない」
 強く強く抱き寄せられ、伽夜は心からようやく心から安心できた。