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 目が覚めて、最初に伽夜の目に映ったのは、涼月の心配そうな顔だった。
「私……」
「君の父上がここまで送ってくれた」
 ととさまが? と慌てて起き上がろうとして止められた。
「少し休んだ方がいい。急な移動に体が驚いているはずだ」
「はい」
 夢ではなかったのかと、重たい頭で考える。
 最後の記憶は『さあ行くぞ』と手を引かれ『このままでは――』と言う途中で、ふわりと抱き上げられた感覚の中で気を失っていった。
「あの、父は?」
「夜明け前に帰られた」
 鬼は明るい光を嫌う。
 もう少し話をしたかった。いろいろ聞きたかったのに、いざとなるとなにも聞けなかったような気がする。
 それでも父との記憶は取り戻せた。
 楽しそうな母と力強くて頼もしい父。鬼やあやかしが家に遊びにきて伽夜はよく河童の子どもと遊んだ。
 楽しかった日々。
 視界が涙で歪むと。涼月が伽夜も手を握った。
「ごめんなさい。でも、ここに帰るつもりだったの」
 どうしてここに涼月がいるのかわからないが、彼の話から察するに彼は酒呑童子と会ったのだろう。
「いいんだ。無事でよかった」
 ふと、枕元にある扇子が目についた。
 手を伸ばすと「それは?」と聞かれ、父にもらったのだと答えた。
「私以外の者にはとても重たいそうです」
 伽夜には箸のように軽く感じられる。
「持ってみますか?」
「ああ」
 繋いでいた手を外し、涼月の手に乗せると彼も手はベッドに落ちる。
「本当だ。これは相当重たい」
 彼はあらためて扇子を持ち上げるが手に力を込めているようだった。
「少なくとも普通の人間では持てない」
「この扇子を高く掲げて念を込めると、父が駆けつけてくれるそうです」
「ほぉ」
 今すぐに使ってみたい。
 もっともっと一緒にいたかった。
 それでも父は鬼だ。涼月の敵である。
 溢れる思いが涙になって溢れてくる。
 止められず両手で目元を覆った。

「君の父上は最強の鬼だが、人に悪さはしない。最強といわれる理由は人に対してではなくあやかし界でのこと」
 伽夜が顔を上げると、涙を拭い、涼月は頬に口づけをする。
「鬼は鬼だが山にいる鬼と、市中に出回る鬼は違う。酒呑童子は山にいる」
「父は、悪鬼ではないのですね」
 涼月は「もちろんだ」と、うなずく。
「伽夜、すまなかった」
 涼月は肩を落としてうなだれる。
(えっ?)
「自分が情けない」
 そういえば彼が謝っていたと付喪神が言っていたのを思い出し、慌てて起き上がって彼の腕を掴んだ。

「どうして謝るのですか? 涼月さんには感謝こそすれ、なにも」
 涼月は伽夜の腕を解き、そのまま伽夜を抱きしめた。
「君の気持ちを思いやれない自分が歯痒いんだ。すまない」
「そんな。私こそごめんなさい」
 なにも言えずにいた。
 こんなふうに心配してくれるとは思わなかったから。
「私――」
 たとえ狐で鬼の娘でも。長く一緒にいられなくても。
 どれほど涼月を想っているか、それだけは伝えておこうと思い口を開くと。
「伽夜、俺はお前が好きだ」
 先に涼月がそう言った。
 唖然とする伽夜の髪に涼月は頬擦りをする。
 今、彼は何と言ったのか。
 驚きのあまり息を呑んだ。胸は高鳴り、耳を疑う。
「この気持ちをどう伝えていいかわからない」
 ゆっくりと体を離した涼月は、伽夜の頬を両手で包む。
「夕べ、伽夜の部屋から綱が降りていると気づいたとき、心臓が止まるかと思った」
「そんな……」
 帰るつもりでいたし、見つかった場合は考えないようにしていたのだ。
 考えてしまうと行動できなかったから。
「君がなにに悩んでいるのか。頼むから教えてくれないか。一緒に悩ませてくれ」
「涼月様も私に教えてくれますか?」
 うなずいた彼に伽夜もこくりとうなずき返す。
「私はあなたの重荷になっていませんか?」
 自分が鬼の娘であり、それを知っている人もいる。もし世間に知られてしまったら高貴な高遠家に傷がついてしまうと告げた。
「鬼の娘で狐の私が高遠家にいるわけにはいきません」