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 舞踏会はつつがなく終わった。
 思った通り彼女のダンスは華麗で、花が舞うように美しく人々を魅了した。
 伽夜が表舞台に出たのは初めてだということもあり、皆が〝あの美人は誰なのか〟と彼女に注目した。今夜の主役と言っていい。
 帰りの車の中、涼月は隣に座る伽夜を振り向いた。

 伽夜の瞳は輝き、高揚しているように見える。
 だが、その反面、どことなく不安そうに見えるのは気のせいか。
(あの男になにか言われたのか)
 涼月は、会場での出来事を思い返した。
 知人に声をかけられ、少し話をして振り向くと、伽夜が鬼束と話をしていた。
 鬼束は信用ならない。
 日本橋の鬼を追い詰めた場所は、鬼束邸の近くだった。
 涼月を襲った警備員を疑ったが、鬼束とは関係がなかった。その後の調べで、涼月が立っていたすぐ隣の華族の屋敷に仕える警備員だとわかっている。
 とはいえ、鬼束が白だという保証はない。
 涼月の中では鬼束要は、限りなく黒い人物だ。
 それに、伽夜が高遠に来て間もない頃、玉森家に鬼束要が現れたとフミが言っていた。
 どうも伽夜に会いたいと言っているようだったと。
 伽夜が本当に鬼の娘なら、しかも酒呑童子の娘なら。赤鬼の眷属である鬼束要が伽夜を欲しがるのは道理である。
 伽夜と鬼束をふたりにはしておけない。すぐに伽夜のもとへ行こうとした。
 だが――。

『高遠公爵、少し伽夜に自由をいただけませんか』
 海棠杏に真剣な目で言われ、足を止めた。
『伽夜が不自由していると?』
『そういう意味ではありません。伽夜とはずっと前から、自由な時間ができたら活動写真を見に行こうとかカフェーに行こうとか言っていたんです』
 なのに、どんなに誘ってもはぐらかされるというのだ。
 意味がわからず咄嗟に海堂杏の心を読んだ。
 彼女の心には少し悲し気な伽夜が浮かんでいて、どうして伽夜を家に閉じ込めておくのかという抗議に満ちていた。
 伽夜に出掛けるなとは言っていない。となると理由はひとつ。
『なるほど。伽夜は遠慮して言わなかったんだね』
『もしかしてご存じなかったんですか?』
 正直に、気づかなかったと答えた。
『絶対にひとりでは出かけないようにと伝えてあるが、出かけるなとは言っていないよ』
 今後は遠慮なく誘ってほしいと伝えると、海棠杏はホッとしたようだった。
『ただ、正直心配ではある。金融業という仕事柄、人の恨みを買うし日本橋で続いた殺人事件もあるからね。家の者は同行させてもらうよ』
 日本橋を騒がせた鬼は退治したが、念のためだ。一応釘を刺しておいたから、ふたりきりでは出かけようとしないだろうが……。

 伽夜が時折見せる悲し気な表情はずっと気になっている。
 愛おしんでいるつもりでも、伽夜からその表情は消えない。
 キクヱは、涼月が一緒にいてあげないからだと信じているようだった。ならばと怪我をきっかけに夕食もベッドも一緒にしてきた。
 今日、出掛けに伽夜を心配そうにに見つめるフミの心を読むと、彼女は、伽夜を自由にしてあげたいと思っているようだった。
(自由、か)
 縛りつけているつもりはなかったが……。
 子どもの頃から伽夜のそばにいるフミに、親友の海堂杏。伽夜に近いふたりがそう思うのだから、そうなんだろう。